プロフェッショナルに聞く

さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。


学校のつくりかた
軽井沢風越学園設立準備財団 理事長 本城慎之介 氏

第2章 自分を確認して「根」を伸ばした16年

第2章 自分を確認して「根」を伸ばした16年
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第1章 学校のつくりかた、チームのつくりかた
第2章 自分を確認して「根」を伸ばした16年
第3章 「根」が伸びるにつれ見えてきたこと
第4章 さまざまな場での経験を糧にして

本城さんが30歳で楽天の副社長という職を捨て、教育の世界に入ったということは、2002年当時、さまざまなメディアにも取り上げられました。しかし、実は強い思いがあったわけはなく、教育の世界に足を踏み入れたのは、まったくの偶然だったとのこと。それでも、この間、いろいろなことを試しながら教育の分野にとどまり続けることで、本当に自分がやりたいことが見えてきたそうです。

軽井沢風越学園に入ってくる子どもたちに対しては、どのような想いをもっていらっしゃいますか。

本城 単純に「幸せになってほしい」と思っています。ただ、その「幸せ」のものさしは一つではなく、子どもたち一人ひとりが違っていい。幸せのものさしが一つしかなかったらつまらないし、逆に怖いですよね。「みんながエリートに」、「みんながリーダーシップをとれるように」というのではなく、「本人自身が『幸せ』だと思うような幸せをつかんでほしい」という想いを強くもっています。

そうした「幸せ」のものさしをつくるのに、幼児期からの教育、保育園や幼稚園、学校などが大きな役割を果たしていると思うんですね。ですから、学校という場が安心できて、成長することができる場であり、その中でいろいろ体験を積み重ねる中で「僕はこんなものさしで幸せをつかみたい」と思える人が増えれば、世の中もっとよくなるんじゃないかと思うんですよね。

それはチーム共通の想いなのでしょうか。

本城 一緒にやっている苫野(軽井沢風越学園設立準備財団理事)は、「自由に生きる力と自由の相互承認の感度を育てるのが教育の本質だから、子どもたちが自由に生きる力と自由の相互承認の感度を高める学校でありたい」と思っています。

また岩瀬は「教師ではなく、子どもたちが学びのコントローラーを持つ」というように、メンバーがそれぞれの言葉で軽井沢風越学園を語っています。

表現する言葉は違っていますが、僕はそれでいいんじゃないかと思っています。想いを語る言葉を同じにする必要はない。別にブレているわけでないので。

すでに引退の時期は決めている 

本城さんは校長ではなく、理事長というお役職なんですね。

本城 そうです。校長は岩瀬です。僕は幼稚園の園長と理事長です。ちなみに、2032年度末に引退を予定しています。

え!?

2032年度は、開校12年目の年です。初年度に年少から入った子どもたちが、中学校を卒業する、いわば、生え抜きの子どもたちが中学を卒業する年です。そして、その年に僕はちょうど60歳になります。60歳になったらだらだら続けるのではなく、ちゃんと次の経営者を育てて引き継ぐと決めています。

ちなみに、僕の場合、過去に「●歳で辞める」と宣言したことは、宣言通り辞めてきています。

楽天もですか。

本城 そうですね。楽天のときは「30歳で辞める」と決めていて、実際に30歳で辞めました。でも、ただ「辞める」と言うだけでは三木谷さん(楽天創業者)は「うん」とは言ってくれないだろうと思ったので、どうやったら納得してくれるだろうかとずいぶん考えました。そこで思いついたのが「楽天を辞めて学校をつくる!」というアイディア。それであれば「うん」と言ってくれるのではないかと。

「偶然」から始まった教育への挑戦 

ということは、教育の道に進んだのは偶然だったということですか。

本城 偶然です。でも、実際に足を踏み入れてみたら、奥が深い。「これは面白いぞ!」と思いました。一方で、つかみどころがなくて、どうしたらいいかわからないこともたくさんありました。ただそこは僕にとっては魅力でもありました。「これは長く味わえそうな世界だな」と。

出会いは偶然だったけれど、実際に足を踏み入れてみたら「これだ!」という手応えがあったということですね。

本城 そうです。ただ、それは教育への挑戦に限ったことではありません。改めて振り返ってみても、初めから明確に「これをやりたい!」と始めたことはあまりないんです。

楽天のときも、最初からインターネットで実現したいことを明確にもっていたわけではなくて、まずは「ちょっとやってみようか」という感じで始めました。

ある種の事故みたいなもので、僕の人生には、ポッと出会いがあって、ちょっとやってみるというパターンが多いのかもしれません。その結果、自分に合っていることもあれば、違った、合わなかったということももちろんあります。当然失敗もあります。ただ、それが経験となり、前に進むエネルギーとなっているのは確かだと思います。

16年かけて伸ばした「根っこ」

30歳で教育の世界に足を踏み入れてからは、どんなふうに進んでいらしたのですか。

本城 かなり変遷してきました。まずは、教育を通じて「日本やアジア、世界を変えるリーダーを育てたい。そういうリーダーを育てる教育をしたい」と思っていました。

ただ、心底そう思っていたかというとそうではありません。「楽天の副社長だったし、みんなも注目しているし、なにかすごいことをしなくてはまずいのでは」という気持ちが強かったような気がします。

ですから当時は「全寮制の中高一貫校でエリートを育てる」といったような、わかりやすいことを発信していました。それに対して「いいね!」と言ってくれる人がいると、「ああ、やっぱりこれでいいんだ」と安心したり。正直なところ、自分の軸ではなくて、他人の評価で動いてしまっていた時期もありました。

同世代の人たちがどんどん有名になり、活躍していく中で、焦りもありました。自分の中の基準ではなくて、他に評価基準を求めていたんだと思います。

少し見方を変えて振り返ると、楽天を辞めてから軽井沢風越学園設立を決意するまでの16年間は、ある種の修行のようなものでした。

「自分の価値観、軸となるところをいったいどこに置くのか?」ということを繰り返し考えていた16年間だったということです。目指すところを探すというよりは、自分の立脚点、自分のベースになるものを探していた、確かめていた、という感じです。

新しい一歩を踏み出すときに「ここは大丈夫かな?」「ぬかるんでいないかな?」「落とし穴はないかな?」「あ、ここならしっかり立てる」というふうに足場を確かめるような感じです。木にたとえるなら、根っこを少しずつ伸ばしてきたイメージでしょうか。

「根っこ」ですか。

本城 木の根っこには、真っ直ぐ下に伸びる大きな「直根」と横に伸びる「側根」という2種類の根があります。植林のとき、効率よく移植するために「直根」を切って移植してしまうと、台風などで倒れやすくなるらしいのです。

楽天を辞めて教育を志した16年間は、僕にとっての「直根」を伸ばそうとしていた時期だと思います。よし、こちらに伸ばそうと決めて伸ばしてみるものの、石があってそのままでは進めない、岩盤が固くてなかなか前に進めない、ということを経験しながら、少しずつ確かめながら直根を伸ばしてきたんです。

16年を経て、ある程度しっかりした、倒れない根の長さというか、深さになってきたという感覚をもてたのが、おそらく2016年だったんです。

インタビュー実施日 2018年12月14日

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