さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。
千葉ロッテマリーンズ 一軍投手コーチ 吉井理人 氏
第3章 名選手名監督にあらず
2019年05月21日
※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
現在(2019年4月)、千葉ロッテマリーンズの投手コーチを務める吉井理人さんは、これまで北海道日本ハムファイターズ、福岡ソフトバンクでも一軍投手コーチを務め、チームのリーグ優勝や日本一に貢献しました。その吉井さんが2018年秋に出版した書籍のタイトルは『最高のコーチは、教えない』。
教えずに、どう選手の能力を伸ばしていくのか。本書で紹介されている吉井さんのアプローチは、スポーツにとどまらず、ビジネスパーソンにとっても参考になるものです。
今回は『最高のコーチは、教えない』のご紹介を兼ねて、吉井さんのコーチやコーチングについてのお考えや今後のビジョンなどについてお話を伺いました。
第1章 | 第1章 コーチングを学ぶということ |
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第2章 | 第2章 吉井流コーチングの実践 |
第3章 | 第3章 名選手名監督にあらず |
本記事は2018年11月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
第3章 名選手名監督にあらず
吉井さんは、たとえ経験者であっても、指導者の立場になるのであれば、指導者として訓練を受けるべきだと言います。なぜなら、経験からのみコーチしようとすると、コミュニケーションや指導方法の選択肢が限られてしまうからです。
指導者は指導者として育てる
世界で闘うためには、コーチも進化し続ける必要があると思います。本の中ではまだまだだと書いていらっしゃいましたが、野球界において指導者育成の改革がなかなか進まない理由はどこにあるとお考えですか。
吉井 他の競技の場合はわかりませんが、野球界では指導者が学ぶ機会がありません。「コーチなんて誰でもできる」と思っているんです。少しずつ変わってきてはいますが、コーチ自身も「自分には経験があるから、コーチングもできる」という意識が強い。引退するとすぐコーチになって指導に携わりまますが、実際にはみんな手探りでやっているんです。
自己研鑽しか選択肢がないということですね。
吉井 僕は、たとえ名選手であってもコーチになるためには、勉強が必要だと思います。なぜなら、たとえいいコーチについたとしても、選手は「自分の努力のおかげで成績が出た」と考えるものです。自分で成果を出したと思っているので、コーチになると自分のやり方で指導します。他の選択肢をもっていません。
これは、プロだけでなく、アマチュアも含めた野球界全体のテーマだと思います。いまのままだと、野球界にいいコーチが育つ土壌はいつまでもできません。
アメリカの場合は「選手とコーチはまったく別物」と考えられています。メジャーで一軍に上がれずに途中で挫折しても、指導者になるという選択肢がある。指導者の勉強をして、指導者として一軍に上がるという道があります。
また、アメリカでは指導者になる人は若いときから勉強して指導者になる人が多いので、有名選手が指導者になることはありません。ボビー(ボビー・バレンタイン元監督)は有望選手でしたが、若いときに故障してプレーヤーを断念せざるを得ませんでした。そこで指導者の方向に進んだわけですが、指導者としても優秀で、アッという間に一軍の監督になりましたね。
指導者は指導者として育てることが大切なんですね。
吉井 日本の場合は「一軍に上がれなかったのであれば、コーチとしてもどうなの?」と言われます。「野球が下手だったらコーチにはなれない」と考えられているんですね。ですから、早い時点で球団をクビになると、球界に残る道がありません。ある程度一軍で頑張った人には、そのあとコーチの仕事があるということになっています。
監督も同じですか。
吉井 野球界には、監督として学ぶ機会もありません。それもプロ野球界の抱えている課題の一つだと思います。サッカー界では、指導者はライセンスを取得する必要がありますし、コーチも下から上に上がっていくというシステムを取っているので、ゆくゆくは世界で活躍できる日本人の優秀な監督が出てくるのではないでしょうか。
僕の考える理想のチーム体制
あとがきの最後に「監督と選手の間を取り持つのは難しい」と書かれていましたね。
吉井 僕の場合、どうしても選手のほうを向いてしまうんですね。そうすると、監督がやりたいことと一致しないこともたくさん出てきてしまう。その折り合いのつけ方が難しいんです。僕にはまだできないですね。
「チームが強くなる」と「選手が上達する」を両立させていくために、監督とコーチと選手がどう連携するのが理想的でしょうか。吉井さんの個人的なご意見でいいので、聞かせていただいていいですか。
吉井 僕の考えでは、監督の下に、攻撃、守備、ピッチャーの3人のヘッドコーチがいるというのが理想的ではないかと思います。監督は3人のヘッドコーチたちの報告を聞いて、戦略を決める。最終的に「よっしゃそれでいこう!」というのを決めるのが監督です。監督に「こうしたい」という考えがあれば、監督と3人のヘッドコーチで話し合い、決まったことについては、ヘッドコーチが選手に下ろしていくというのがうまくいく行くのではないかとは思います。
なぜなら、監督がすべての人事権を握るような強い権限をもっている場合、コーチと選手のコミュニケーションが影響を受けることがあるからです。たとえばコーチが選手に「あと3回、チャンスがあるから頑張れ」と言っているところに、監督の意向でいきなり二軍に落とされたとしたら、「コーチは嘘をついた」と選手は思います。そうなると、もう選手はコーチの話を聞かなくなりますよね。
変化のカギは野球のグローバル化
プロ野球界で、吉井さんと同じような考え方をもっている方はどのくらいいるのでしょうか。
吉井 最近は仲間もできてきました。同じように大学院に行ってコーチの勉強をする人もいますし、選手との接し方を変えようとしているコーチも出てきています。一方で、まだ「コーチなんて誰でもいい」という考え方の球団もありますね。球団ごとに違います。
吉井さんと同じように考える人が増えているのであれば、変わっていくことも期待できますね。
吉井 ただ、時間はかかると思います。プロ野球だけでなく、アマチュアも含めた野球界全体が変わる必要があるので。たとえば、中学校の野球連盟では団体が複数あり、選手の体を守るためのガイドラインを作ろうとしてもなかなか決まらないといったことが起こっています。
また野球界にはプロアマ規定というのがあり、一旦プロに入るとアマチュアの指導に携わることができないというルールがあるんです。講習を受けて資格を取れば戻ることは可能ですが、仕事にはなりません。プロの技術をもった人がアマチュア選手を教えないというのでは、選手が一番損しているように思います。一番の被害者は選手なんですよね。そういったことも早くなんとかしたいです。
変化するにはどのくらいかかるのでしょうね。
吉井 2020年のオリンピックでどれだけ盛り上げられるかも関係するでしょう。そもそも野球というのは、世界的にみるとマイナー競技です。どれだけ世界に広まるかによって、指導者の考え方も変わってくるだろうと思います。グローバルなスポーツになればなるほど、指導者の視野も広がるのではないでしょうか。世界が小さいと、変化する機会も限られますよね。
将来は研究者の道へ?
今後の指導者としてのキャリアはどのようにお考えですか。いずれは監督に、といった思いもおもちなのでしょうか。
吉井 ピッチングコーチとしてまだまだと思っていますし、実力がどのくらいあるかもわからないので、ピッチングコーチという仕事を今後も突き詰めていきたいと思っています。
吉井さんのお話を聞いていると、求道者のようで「もしやコーチングの研究者を目指していらっしゃるのでは?」と思ってしまいます。
吉井 その方向に興味がないわけではありません(笑)ただ、まだ体も動きますし「勝った、負けた」というのも楽しい。選手が「うまくいった、うまくいかない」というのを見ているのも楽しいので、いまはまだ現場にいたいですね。
指導者をコーチするといったことへのご興味はいかがですか。
吉井 もちろんなくはないですが、やっぱりまだその道について考えられるだけの経験は不足していると思います。いつまで経っても確信はもてないのかなと思うと、研究者の道に行くことになるかもしれないですね(笑)
いろいろとお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
(了)
聞き手・撮影: Hello Coaching!編集部
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