プロフェッショナルに聞く

さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。


進化するスポーツアナリティクス~情報1.0から2.0の時代へ
株式会社ネクストベース 神事努 氏

第2章 データを能力開発に活かすということ

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第2章 データを能力開発に活かすということ
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「トラックマン」というデータ計測機器について耳にしたことがあるだろうか。プロゴルファーが使い始めて一躍有名になった、弾道を測定する高性能の機器だ。トラックマンを使うと、ヘッドスピードやスイング軌道だけでなく、ボールが当たる瞬間のクラブのフェースの面の向きや角度など25項目にも及ぶスイング数値が一瞬で弾き出されるという。その後、テニスや野球などでも使われ始め、現在、日本のプロ野球でもほとんどの球団が導入している。トラックマンのような高性能の機器が次々開発され、さまざまなデータが取れるようになり、スポーツアナリティクス(スポーツにおけるデータ戦略)は格段に前進したという。プロ野球チームにデータを活用したコンサルティングを行う株式会社ネクストベースのフェローであり、バイオメカニクスの研究者である神事努氏に、スポーツアナリティクスの現在についてお話を伺った。

第1章 『マネー・ボール』からスポーツアナリティクスはどう変化したか
第2章 データを能力開発に活かすということ
第3章 データ時代のコーチの存在意義
第4章 これからのスポーツの楽しみ方

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第2章 データを能力開発に活かすということ

どんなに豊富なデータが入手できるようになっても、それをうまく活用できなければ意味がありません。データを活用できる選手やコーチと、うまく扱えない選手やコーチにはどのような違いがあるのでしょうか。

大事なのは、自分の頭で考えること

データを活かすことができる選手とできない選手の違いは、どんなところにありますか。

神事 データを活かすことができる選手は、精神的に自立しています。情報を受け入れる準備ができている。また、うまくなるためにどんなことでもやってみたいと思っている人、現状に満足していない人もデータをうまく活用しています。「こうしたらもっとうまくなるんじゃないか」と常日頃考えている人は飲み込みも成長も早いです。ただ、そういう人はあまり多くはありません。

どういうところで、その違いが生まれてくるのでしょうか。

神事 高校や中学の部活の時代から、たとえば自ら練習メニューを作るなど、自分の頭で考えてやってきた人と、「これをやれ、あれをやれ」と人に言われるままやってきた人の違いだと思います。自ら考えて工夫して育ってきた選手は、情報をインプットする力があるので、情報を与えると自ら解釈、咀嚼してくれます。一方、言われるままやっているうちに動きが自動化してしまった選手は、それを言語化できません。このような指導者の強制力が優位な練習環境で育ったプロ選手は、自ら情報をインプットすることに慣れていないので、なかなかデータを活用しきれません。少し情報が増えただけで「もう無理です」と情報処理ができなくなってしまいます。

データを活かせる選手は、自分の頭で考えることができる選手ということですね。

神事 彼らはみんなとても「大人」なんです(笑)。足りないことがわかっているので、動画で勉強もするし、本も読みます。そういう人は、情報を与えるとすごい勢いで吸収します。自分の頭で考えることのできる選手たちは学校での勉強もできるだろうと思いますよ。

育成環境が変わればトップアスリートの数も増える

自分の頭で考えるという癖は、どのように培われるのでしょうね。

神事 育成環境が関係すると思います。環境によっては成長が難しい。自分で考えなくても済むような指導を受けてきた人は、プロになって伸び悩むだろうと思います。ある意味、指導の方法によっては指導者が選手の才能をつぶしていると言えるかもしれません。

トップ中のトップ選手をみていると、要領のいい選手だけが生き残ってきたのではないかと思うことがあります。要領がいい選手とは、つまり、部活の全体練習は手を抜いて個別練習ではちゃんとやっていたというような選手。いまの社会は、そういう態度を「生意気だ」と排除することが多いので、強制的な育成環境に不満をもつ人は反抗心からスポーツを嫌いになってしまうことも多い。高校、大学、社会人、どこで芽が出るかわからないのですから、そういう子たちをもっと放任してもよいのではないでしょうか。多様性を受け入れるということかもしれません。そうなれば、スポーツ嫌いになることなく、もっともっと優秀なアスリートが増えてくるのではないかと思います。

「教える」は「できる」の延長なのか?

コーチはどうですか。データを活かすことができるコーチとできないコーチの違いはどのような点にあるのでしょうか。

神事 やはり選手時代の経験が影響すると思います。下手だった人のほうが指導がうまいことも多い。

選手時代によい成績を残した人の場合、3000本、2000本も安打を打ったのだから『この人の言っていることは正しい』となるんです。でも、感覚的にヒットを打ってきた人だと、感覚しかないので指導ができない。一方で、選手時代に400安打しか打っていなくても、勉強して打った人は練習の意味を選手に説明することができる。もちろん自ら考えながら素晴らしい結果を残している選手もたくさんいるので、そういう人たちはよい指導ができるだろうと思います。

また、選手同様、情報が増え過ぎてパンクしてしまうコーチもいるので、コーチの育成も必要だと思います。でも、3000本、2000本安打を打った人に「指導の勉強をするように」とはなかなか言いづらい状況がある。それもよくないと思いますね。

実際には、やることと教えることはまったく別のことなので、本来はゼロから考えないといけないと思うのですが、なぜか「やったから教えられるだろう」ということになってしまう。現役が終わったらすぐコーチをさせるって、どうですか? 僕はちょっと怖いです。

会社でいえば、「売上の成績がいいから営業のマネージャーにする」みたいな話でしょうか。

神事 その通りです。科学的な根拠があれば再現性が高いはずですから、その根拠を知っている人のほうがより短期間で選手を成長させることができると思います。「教える」が「できる」の延長線上にあるように見られていることが、僕には理解できません。

実績がある場合、指導者が若ければ周囲もついていくかもしれません。勢いやエネルギーもあるだろうし、その実績に魅力を感じる若手もいるでしょう。でもその人が年をとれば、その人が活躍した時代を知らない選手や部下が増えます。それでその人に指導力がなければ、老害でしかない。

選手が30代にピークをもってくるように、指導者としてのピークを60歳にもってくるというような考え方ができるようになるといいと思います。指導者としてキャリアを考えられるような環境を整えていかないと非常にアンバランスになってしまいます。指導者が育たなければ、長期的には強くなっていかないでしょう。

これからのコーチに求められるのは技術指導ではない

選手がデータを扱えるようになるために、コーチや監督に求められる役割はありますか。

神事 一つは、単純に、選手がデータの解釈ができないときに選手の話し相手になることです。「これはどういう意味か」と選手が聞いてきたときに対応できる人。単にデータの説明ができるという意味ではなく、成績が落ちているとき「データがこうだから、こうではないか」と、データをベースに対話することができる。もう一つは、選手が「データは見たくない」というときにも寄り添えること。技術を指導する人ではなく、僕の表現で言うと「受験生のお母さん」的役割です。勉強しているときに、「おにぎり握ってきたよ」とか、「体調どう?」と気にかけつつ支えてくれる人。勉強を教えるわけではない。コーチとしては、そういう関わり方が望ましいのではないかと思っています。

ロサンゼルスドジャースだと、プロ野球の経験がない人がコーチになっています。コーチには、技術指導ではなく、その人の人生に寄り添うという役割のほうが大きくなってきているのかもしれません。

(次章に続く)

聞き手・撮影: Hello Coaching!編集部

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