プロフェッショナルに聞く

さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。


進化するスポーツアナリティクス~情報1.0から2.0の時代へ
株式会社ネクストベース 神事努 氏

第4章 これからのスポーツの楽しみ方

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第4章 これからのスポーツの楽しみ方
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「トラックマン」というデータ計測機器について耳にしたことがあるだろうか。プロゴルファーが使い始めて一躍有名になった、弾道を測定する高性能の機器だ。トラックマンを使うと、ヘッドスピードやスイング軌道だけでなく、ボールが当たる瞬間のクラブのフェースの面の向きや角度など25項目にも及ぶスイング数値が一瞬で弾き出されるという。その後、テニスや野球などでも使われ始め、現在、日本のプロ野球でもほとんどの球団が導入している。トラックマンのような高性能の機器が次々開発され、さまざまなデータが取れるようになり、スポーツアナリティクス(スポーツにおけるデータ戦略)は格段に前進したという。プロ野球チームにデータを活用したコンサルティングを行う株式会社ネクストベースのフェローであり、バイオメカニクスの研究者である神事努氏に、スポーツアナリティクスの現在についてお話を伺った。

第1章 『マネー・ボール』からスポーツアナリティクスはどう変化したか
第2章 データを能力開発に活かすということ
第3章 データ時代のコーチの存在意義
第4章 これからのスポーツの楽しみ方

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第4章 これからのスポーツの楽しみ方

「競技の勝敗の構造が解明されてしまったら、スポーツを楽しめなくなるのではないか?」 そういう疑問が頭に浮かびます。データを使ってスポーツチームにコンサルサービスを提供しているにもかかわらず、社内でもそういう話題になることがあるそうです。神事さんはスポーツの未来をどのように考えているのでしょうか。

原点は、「指導」をサイエンスしたいという想い

神事さんはどのような経緯でバイオメカニクスの研究をされるようになったのでしょうか。

神事 僕も子どもの頃からずっと野球をやっていました。いろいろな指導者から指導を受けましたが、大学になって「運動」というものを正しく理解し、表現できている指導者はほとんどいないのではないかと考えるようになりました。

そこで、数学、物理、解剖学を使って人の体の動きを表現するバイオメカニクスの研究をしようと思ったのです。数字のように自然科学の「言語」は個人の感覚や解釈に頼るものではなく、世界の共通言語です。指導をサイエンスするということに心惹かれました。

もともとは高校野球の監督をやりたくて、大学では教員免許も取ったのですが、研究をしていく中で「指導者の仕事とは何か」を考えるようになり、指導者を指導する立場の人になろうと考え大学院に進みました。

現在、指導者に対してされていることはあるのでしょうか。

神事 コンサルティングを請け負っているチーム向けに講習会をやるのですが、そのときには選手だけではなく、監督、コーチなどの指導者にも参加してもらっています。また、指導者向けの勉強会も定期的に開催していますが、参加するのは情報のアンテナが立っている人たちばかりです。底上げのためにはアンテナが立っていない人たちに情報を届けることが必要なので、テレビに出て話すとか、偉い人のところに行って情報を伝え、そこから下に落としてもらうといった強制的に情報を届けるための取り組みもしています。

指導者に対しては「選択肢がたくさんある」ことを提示していきたいと思っています。たくさんの選択肢がある中で選手がどれを選択するかが大事なので、指導者に対してはたくさんの選択肢をもつことの重要性を伝えていきたい。

やってみたいのは相撲のアナリティクス

これからのスポーツアナリティクスはどのように発展していきますか。

神事 野球の勝敗の構造は、かなり解明されています。野球やクリケットのように人の配置や役割が明確なスポーツはデータが取りやすい。選手一人ひとりの行動を数値化しやすく、分析しやすいのです。

野球では、その勝利の法則に従って、それをどう運用するか、日常にどう活かすかについて整理されてきているところです。メジャーリーグでは、勝利のために練習をどう変えるかというところまで進んでいます。一方で、日本ではまだまだかかるでしょうね。

テクノロジーとアナリティクスはセットで一気に進みます。これらは一気に進むのですが、人の理解が追いつくには時間がかかってしまいます。

他のスポーツはいかがですか。

神事 バレーボールなどのネット型であればまだいいのですが、サッカーやバスケットボールなどのゴール型の競技は、ピッチに人が乱れているので分析の難易度は上がります。また、サッカーのように競技の構造として偶然性の割合が大きいスポーツは、勝利の法則を導き出すのが難しい。まずは運の要素と能力の要素を分けないといけませんね。また、サッカーではボールのスピードや回転数など情報が取れていません。ボールがゴールに入って点が入るのに、ボールについての情報がない。選手の走行距離などの情報はありますが、ボールが何キロで蹴られたかはわからない。スポーツメーカーがセンサー入りのボールを発売しているので、それを試合でも使えるようになればサッカーのアナリティクスは飛躍的に進むのではないでしょうか。

僕自身は、相撲のアナリティクスに興味があります。相撲は非常に数値化しやすいと思うんですよね。相撲は体重の重い人同士がぶつかり合う競技なので、その人たちの質量と速度で運動の勢いが決まります。また、どう倒すのかで勝敗が決まる。「倒す」と考えたとき、安定性の条件は3つしかありません。重心が低いこと、基底面が広いこと、重いことです。つまり、体重が重くて、足を広げた低い姿勢が一番安定している。ですから、小兵力士が、前褌(まえみつ)をとってぐっと相手を押し上げて足を揃わせる(基底面が狭くなる)という戦略をとるのは理に適っている。テレビ中継中に基底面の面積や、重心の高さ、立ち会いのときの速度が画面に表示されていたら、面白いと思いませんか。立ち会いの優劣やその後の取り組みをデータで示すことができる。

スポーツの楽しみ方は多様になる

勝利の構造が解明され、どうしたらいいかもある程度わかる時代になっていくと、スポーツの面白さはどう変化していくのでしょう。

神事 イチローも引退会見で「考えなくて済むようになってきている」というようなことを言っていましたが(※)、僕自身は、アナリティクスはスポーツをもっと面白くすると思っているんですよ。この議論は「スポーツの価値とは何か」というところにつながっていくような気がしています。

たとえば陸上競技の100メートル走に多くの人が熱狂します。なぜかというと、選手がものすごく速いスピードで走るから。人間の持っている身体活動の限界を目撃することは、ワクワクしますし、人を勇気づけると思います。これがスポーツの価値の一つだと思います。そして、そのスピードやキックする力を示し、人間の限界をデータで示すことができたら、スポーツはもっと面白くなるのではないでしょうか。

また、分析によって明らかになる部分が増えてくると、駆け引きの要素が強調されると思います。ピッチャーなら、同じストレートでも「少し抜いてみるか」と、「落としてみるか」などと考えて選択する。観る側も選手が何を選択するかという興味が出てくるように思います。そうなってきたら、データも毎回見える化しないと面白くならないし、プレーヤーももっと語る必要があるでしょうね。

いまでもアスリートはもっと語ったほうがいいんですよ。それに、データを語れる解説者がいないことも問題です。さっきも言ったように、いまは人がテクノロジーに追いついていない状況ですので、「教育」の観点は必要だと思います。

いまスポーツを楽しんでいる層とは違う人たちがスポーツを楽しみ始めるのかもしれませんね。

神事 そうだと思います。今は、カープ女子のように選手のビジュアルにフォーカスしたり、地縁・血縁・学縁のような選手の育成ストーリーにフォーカスして楽しむ人たちが多くいます。これからデータが普及して、ルールはよくわからないけどデータが面白いから野球を観戦するというファンも増えてくるのではないでしょうか。投手が投げるボールのスピードや回転数、打球速度や飛距離が面白い!と感じるファンです。アメリカではこのようなファンも増加していて、もしかしたら、こういうファンの人たちのほうがスポーツの本当の面白さを感じているのかもしれませんね。アナリティクスが進んで構造が見えてくると、楽しみ方の多様性が生まれてくるかもしれません。

※ イチローの引退会見(2019年3月)での発言。「(前略)――2001年に、僕はアメリカに来てから、この2019年の現在の野球は全く違う野球になりました。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような。――(中略)――頭を使わなきゃできない競技なんですよ、本来は。でも、そうじゃなくなっているのが、どうも気持ち悪くて。ベースボールの発祥はアメリカですから、その野球がそうなってきているということに、危機感を持っている人って結構いると思うんですよね。――(後略)」

(了)

聞き手・撮影: Hello Coaching!編集部

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