プロフェッショナルに聞く

さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。


オリンピックの土壇場で自分で決められる選手を育てたい
Vリーグチーム ヴィクトリーナ姫路 ゼネラルマネージャー 安保澄 氏

第3章 競技を通じて自己を高められる選手を育てる

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第3章 競技を通じて自己を高められる選手を育てる
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2014年から2019年3月まで、バレーボール女子アンダーエイジカテゴリー(U19-20、及びU-23)日本代表の監督を務めた安保澄(あぼきよし)さんのインタビュー記事をお届けします。安保さんは、2009年から女子日本代表チームのアシスタントコーチを務め、ロンドンオリンピックの銅メダル獲得に貢献しました。その後、久光製薬スプリングスのアシスタントコーチを経て、2019年5月からはヴィクトリーナ姫路チームのゼネラルマネージャーを務めるなど、20年にわたり女子選手の指導を続けています。安保監督のもと、女子U19(ジュニア)日本代表チームは、2018年のU19女子アジア選手権大会で見事優勝を果たしました。指導者として、コーチ、監督、ゼネラルマネージャーとさまざまな立場を体験されている安保さんは、それらの体験から培われてきた指導者としての哲学を常に磨き続けていらっしゃいます。ビジネス現場におけるチームのつくり方、メンバーの育て方などのヒントになるお話を伺うことができました。

第1章 監督の仕事、コーチの仕事
第2章 自分で考え、自分で決めて行動できる選手に
第3章 競技を通じて自己を高められる選手を育てる

本記事は2019年6月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第3章 競技を通じて自己を高められる選手を育てる

安保さんが女子チームの指導に携わって20年以上が経ちます。最終回は安保さんの指導者としての変遷、そして、2019年5月からゼネラルマネージャーに就任されたヴィクトリーナ姫路で目指しているチーム作りについてお話をうかがいました。

指導者を目指すなら、早く指導の勉強を始めたほうがいい

安保さんはどういった経緯で指導者になられたのでしょうか。

安保 小学2年でバレーボールを始め、中学生のときに「バレーボールで食べていきたい」と考えるようになりました。実業団に入る、学校の先生になって部活動指導をする、トレーナーとしてバレーボールチームに携わるなど、当時からいろいろな選択肢を考えていたんです。高校時代に指導者を目指したいと考えるようになりました。

いろいろ迷って大学は経済学部に進みましたが、指導者になりたいという思いは持ち続けていたので、大学の女子バレーボールチームのコーチの機会をもらったときは喜んで引き受けました。それが指導者としての初めての経験です。

筑波大学大学院体育研究科に進学したのは28歳のときです。体育系の大学に進まなかったことをずっと後悔していたので、大学院に受かった時は本当にうれしかったですね。ラッキーなことに入学したタイミングで、女子バレー部の監督から「手伝ってほしい」というお話をいただき、大学院でも女子チームに関わることになりました。

アップデートし続けなければ退化する

安保 大学院での一番大きな学びは「コーチとしてキャリアを積めば積むほど解決しなければならない課題が増えていく。課題を解決できるようになるには勉強し続けるしかない」ということです。

入学前に答えを知りたいと思っていたことがありましたが、その答えはその時点で解明されている科学的根拠によって最善だと言われているものに過ぎないことがわかりました。数年先には違う答えが見つかる可能性もあるわけです。新しい知見がどんどん出てきますから、自分自身も常にアップデートしていく必要がある。わかったつもりでいることは退化でしかないと思います。

大学院在学中に保健体育の教員免許を取ろうとしていたこともあって大学院修了が半年遅れましたが、そのタイミングで実業団の女子チームのコーチのお話をいただくことができました。

「いい指導」と「学ぶこと」はどのように関係するのですか。

安保 コーチングを始めたときに、頼れるものは自分が受けてきた指導、いわゆる経験則しかないことに気づきました。根拠となるものがないので、やりながら「これは果たして正しいのか」と思うことがしょっちゅうです。

また、人体の機能をうまく発揮すれば、よりよいプレイになるはずだとは思いましたが、からだの構造や機能も力学的な理由もわからないから、選手に正しい動作を教えることができない。地球上でスポーツをするということは、重力に逆らうということです。果たすべき動作があるときに、自然の摂理を無視することはできません。構えたときの重心がどこにあり、その姿勢とボールが衝突したときにプレーが成功する確率は高いのか、低いのか。成功の確率が低いことを繰り返し練習することは、下手になるための練習をしているのと同じです。選手の技術的な向上を促進するためには、単位時間あたりの練習の内容が技術向上に効果的であることを精査できているかどうかがとても重要なんです。コーチは、選手が効率的に技術獲得するためのヒントを提供できるだけの知識や科学的な根拠がなければ、いわゆる技術コーチとしては力不足ということになると思います。

また、指導の際に、指導対象の選手たちの年齢に応じた発育発達の特徴を理解していることも極めて重要です。幼少期の子どもたちと、中学生、高校生では、養わせたいものが違います。幼少期であれば神経系の発達を最優先にして、楽しく遊ぶほうが大事かもしれません。投げられたボールの下に入って空間を正しく理解し、ボールをキャッチしようとする動作だけでも神経はどんどん養われます。

httpsasianvolleyball.net

いい指導者の育成は、指導者の重要性を認識することから始まる

日本のスポーツ指導者に、そうした知識への理解はどのくらいあるでしょう。

安保 現状ではまだまだ足りていないと思います。指導者養成の仕組みが十分ではないことが一番大きな問題ですが、その根本は「指導者が重要だ」という認識が社会的に低いことです。特にスポーツと子どもの出会いのタイミングで指導者の役割はとても重要ですが、子どもたちのスポーツ指導に関わる人たちがコーチングを学ぶ機会がとても少ない。

また、日本には、コーチを生業(なりわい)にできる機会がとても少ない。僕が小学校でバレーボールを始めた当時の指導者はボランティアでした。その方はバレーボールのキャリアも、指導者としてのキャリアも立派だったので、僕自身はとても恵まれていたわけです。また、中学校と高校の顧問の先生もすばらしい先生でした。今考えれば、ご家族と過ごしたい時間もあっただろうに、僕たちに年中つきあってくれた。日本のスポーツは、そういう人たちの献身的な活動によって発展してきた歴史があります。その歴史が長いがために、その現実に甘え、依存してしまっているのかもしれません。優れた指導者をたくさん育てるには、そういったボランティアコーチに依存せず、受益者が費用負担するところから変えていく必要があるでしょう。

日本のスポーツが本当の意味で強くなっていくためには、いい指導者の育成が欠かせません。現在、世界を相手に結果を出しているのは、どこも指導者養成に力を入れてきた競技です。日本サッカー協会は指導者養成の仕組みが確立されていますし、卓球協会も素晴らしい。どんどんいいコーチが出てきています。バドミントンもそうです。バスケットやラグビーもこれからいい指導者が出てくるでしょう。

バレーボールを通じて自己を高めるという意識をもってほしい

コーチ、監督と経験されて、今度はゼネラルマネージャーという立場になられました。どのようなチームづくりを考えていらっしゃいますか。

安保 この5月に、ヴィクトリーナ姫路というチームのゼネラルマネージャーに就任しました。まだ4年目のチームで、未整備の部分がたくさんあります。ゼネラルマネージャーとして取り組みたいと思っているのは、数年後、セカンドキャリアに進んだ選手たちが、社会に出て、周囲によりよい影響を与える人物になる、そういった人材育成をすることです。セカンドキャリアで所属した組織においても、他者に対していい影響を与えられるような人材にすることが究極の目的なんですよ。

そのためには、選手一人ひとりが、競技の技術を高めることだけではなく、バレーボールを通じて自己を高めるという意識をもったチームをつくりたい。選手がいずれ引退を迎え、セカンドキャリアを選択しなければならなくなった時、いくらバレーボールがうまくても世の中の人は誰もほめてはくれません。それよりはバレーボールを通じて培ったマインド、つまり考え方や努力の仕方が養われていることが重要です。バレーボールの技術を高めるために自己研鑽したり、仲間と切磋琢磨したりする中で、選手たちに無形の財産として残るものがあるように関わっていきたい。

選手たちがバレーボールに取り組んできた時間に培ってきたものが社会に還元されなければ、私たちのチームの存在意義はないに等しいですし、社会に還元されること自体が、チームの価値を高めることになると思うんです。

その目的を果たすためにも、ヴィクトリーナ姫路のコーチングメソッドをしっかり構築し、コーチの育成と強化を図ることです。選手たちにどういうマインドをもってもらいたいか、そのためにコーチはどういうマインドであるべきかということを伝えていきたいと思います。

www.fivb.org

(了)

聞き手・撮影: Hello Coaching!編集部

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