さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。
日本スポーツ振興センター 理事・ハイパフォーマンススポーツセンター長
勝田隆氏
第1章 対話の積み重ねを通じたコーチング
2020年04月09日
※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
2019年10月末に、東京の青山でスポーツ・コーチングに関する国際会議、グローバル・コーチ・カンファレンスが開催されました。この学会を日本側として主催したのは日本スポーツ振興センター(JSC)。スポーツ庁直下の独立行政法人です。今回は、その国際会議の日本開催を実現した立役者のお一人である、JSCのハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)長、勝田隆氏にお話をお聞きしました。勝田氏は、長年日本のトップアスリートたちへのスポーツ・コーチングに携わってこられた方です。インタビューでは、スポーツ・コーチングにおける大切な視点や、ビジネス・コーチングとスポーツ・コーチングとの共通点などについてお話を伺いました。
第1章 | 対話の積み重ねを通じたコーチング |
---|---|
第2章 | コーチングの原点は人と人との関わり |
第3章 | スポーツを通じての学び |
第4章 | スポーツ・コーチングの国際会議 |
本記事は2020年1月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
大学時代のコーチとの対話
勝田さんは、2002年に『知的コーチングのすすめ*』という本を執筆されています。読ませていただいて、2000年の初めにスポーツ・コーチングについて、こんなに先進的な本が書かれていたのだと目が開かれる思いでした。そもそも勝田さんご自身がコーチングについての関心を深められた背景やきっかけは、どのようなものだったのですか。
勝田 「コーチング」という言葉やその役割への興味が生まれた原点は、大学時代に遡ります。筑波大学ラグビー部でキャプテンを務めていた当時、世界的に著名なスコットランド人のコーチが、2年間、我々のコーチとして来てくださり、毎日そのコーチと対話をすることで、私の中に大きな変化が生まれました。
このコーチとは本当に毎日話をしました。英語での対話でしたが、辞書を差し出され、「わからない単語があれば、ここでお互いが辞書を引こう」と、とにかく対話することを求められました。
現在、筑波大学で客員教授、独立行政法人日本スポーツ振興センター 理事・ハイパフォーマンススポーツセンター長、International Council for Coaching xcellence(ICCE)のエグゼクティブ・ボード・メンバー。博士(スポーツ科学)、JOCナショナルコーチアカデミー修了、日本スポーツ協会公認上級コーチ、国際ラグビー連盟コーチトレーナー、保健体育教員免許の資格等を有する。過去に、国立スポーツ科学センター長、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会インテグリティ・ディレクターを歴任。
日本スポーツ振興センター(JSC)
対話の場面では、ほとんどが彼からの質問でした。出会ってすぐの頃、彼の家で夕食を食べているときに、「お前に彼女ができたら、ラグビーと彼女とどちらを大切にするか」と質問されたことがあります。何でこんな質問をするのだろうと思いましたが、「もちろんラグビーです」と優等生気取りで答えると(笑)、「それはないだろう。両方大事にしなさい。大切なことは両立させることだ」といった趣旨のことを、穏やかに、諭すように言われたのを今でも鮮明に覚えています。
今、振り返ると、良好な関係を築くためのラポール的な問いかけであると同時に、ワーク・ライフ・バランスを両立させることの大切さについて教えてくださったのかもしれません。
対話の積み重ねが主体性の向上につながる
スポーツ指導の枠を超えて、多くの対話をされていたんですね。
勝田 とても哲学的な方でした。戦術についても、常に哲学的な問いが投げかけられました。私のポジションはスクラムハーフでしたが、「お前がするべき一番大事なプレーは何か?」と聞かれ、「しっかりパスすることだ」と答えると、「それはみんながやることだ」と言われる。それで「フォワードに良い球を出してもらうよう指示することだ」と答えると「それはフォワードの仕事だ」と、どんどん掘り下げて聞いてきます。
いよいよ私が答えに窮してくると、「どこを見る? 何を考えるべき? それはなぜ?」といった質問が続き、その上で「全体を見てどこに攻撃のチャンスがあるのか、相手の攻撃に対して備えておくべきところはどこか」といったような判断やプレーに関する類いの質問が続きました。「すべて物事は見ることから始まる」とも教えられました。
「ボールは1個である」という哲学的な話から始まり、そこからポジショニング、戦術、時間の使い方などを、対話を通じて教えていただいたこともあります。このコーチからは、ラグビーの指導はもちろん、人と関わるとはどういうことかなど、非常に大きな影響を受けました。
試合の前などには「この選手を起用しようと思うが、君はキャプテンとしてどう思う?」というように、試合や練習の評価についてもよく意見を聞かれました。
コーチングの世界に「答えは相手の中にある」という言葉がありますが、この言葉がスポーツのコーチングの世界にいる私の心にもすっと入ってくるのは、大学時代のこの体験があるかもしれません。相手の持っているものを引き出すには、対話を重ねることが大事だということを身をもって体験する機会でした。
すべての経験が学びとなる
大学以降は、どのようにしてコーチングについての理解を深めていかれたのでしょう。
勝田 高校や大学の教員として、あるいは高校生を集めたクラブチームをつくって指導に携わりました。この他、ラグビーでは、高校日本代表など、代表チームに関わらせていただき、レフェリー経験やコーチ、ルール、女子委員会などの委員会活動に参加したことも、コーチングの理解を深める上で貴重な機会だったと思います。
イングランド・ラグビー協会(RFU)にお世話になった時期は、ラグビーがアマチュアからプロフェッショナル化へ大きく加速した時期です。加えて、RFUでは競技人口対策に大きな力を注いでいました。タグラグビーの開発、知的障がいのある方々への普及、学校の先生方への普及、女子ラグビーの展開など、さまざまな取り組みを模索し、具体化しようと動いていました。知的障がい者の大会に出場するチームのコーチを任されたこともあり、このような時期に、国外でのさまざまな取り組みを通して、これまでとは異なるマネジメントやコーチングを学べたことはたいへん貴重なことでした。
このような過程の中で、「答えはすべて相手の中にある」とか「コーチングはpullとpush」といった言葉にも出会い、コーチングに関する研究において「コーチングはラーニングという姿勢をもちながらサポートしていくこと」といった捉え方も学びました。
私がコーチングという言葉と本格的に向き合い始めた頃に、海外で体験した思い出に残るエピソードをひとつ紹介します。
ラグビーのコーチングのワークショップでのことです。「コーチングとは何か」という哲学的な問いから始まり、ブレインストーミングから、強化現場におけるコーチ育成のカリキュラムの検討に進んでいきました。現場のコーチに求められる能力や知識についてブレストした際には、各自が「スキル?」「フィットネス?」「タクティクス(戦術・戦略)?」と思いつくことを挙げていきました。
すると、あるメンバーが立ち上がり、ホワイトボードの真ん中に大きな円を一つ描くと、円の弧の上にそれまでに出てきた「スキル」「フィットネス」「ナレッジ」「タクティクス」などの言葉を並べたのです。そして参加者に「この円の真ん中には何が入るだろう? コアになるものがあるはずだ」と問いかけたのです。
コアになる部分は、コーチングを行う際に常に念頭に置くべきもの、あるいは立ち返るべきものだという共通理解のもとにブレストが続き、参加者全員で考えた結果、最終的に「ゲーム・アンダースタンディング(Game Understanding)」だということになったのです。
こうしたプロセスやそこで得た学びなどをまとめたのが、『知的コーチングのすすめ』という2002年に出版した本になります。これは、この当時の私の経験が基になっています。
(次章に続く)
インタビュー実施日: 2020年1月23日
聞き手・撮影: Hello Coaching!編集部
この記事を周りの方へシェアしませんか?
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。