Hello, Coaching! 編集部がピックアップした本の概要を、連載形式でご紹介します。
目に見えない道具で「医師の働き方改革」は進化する
第5回 プロ同士のコミュニケーションを円滑にするためのコミュニケーション(九州がんセンター)上
2021年03月19日
2021年3月19日に、ディスカヴァーより『コーチングで病院が変わった』が刊行されました。著者は、コーチ・エィでコーチングを学ばれたBasical Health産業医事務所の佐藤文彦氏。佐藤氏は、大学の分院での診療科長時代に、コーチングスキルを活用し医局員全員の残業をゼロにする改革を進めてこられました。糖尿病専門医として複数の保険組合と健康増進事業を進めていったり、嘱託産業医として数多くの企業の業務改善にも取り組んでおられます。2024年4月までに全国の医療機関が「医師の働き方改革」を実現させなければいけない状況の中、佐藤氏はコーチングがそのための有益な「道具」になり得ると考え、この本を執筆されました。本書には、佐藤氏からコーチ・エィの鈴木へのインタビューも収録されているほか、組織としてコーチングを導入された病院の事例も多数紹介されています。
今回、Hello, Coaching! では、鈴木へのインタビューを軸に、病院へのコーチング導入事例を抜粋してご紹介します。
第1回 | なぜ医療機関の組織改革にコーチングが有用なのか 上 |
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第2回 | なぜ医療機関の組織改革にコーチングが有用なのか 下 |
第3回 | 赤字続きの公的病院が一転 ~ 組織改革の全貌(新小山市民病院) 上 |
第4回 | 赤字続きの公的病院が一転 ~ 組織改革の全貌(新小山市民病院) 下 |
第5回 | プロ同士のコミュニケーションを円滑にするためのコミュニケーション(九州がんセンター)上 |
第6回 | プロ同士のコミュニケーションを円滑にするためのコミュニケーション(九州がんセンター)下 |
職員に大切にしてほしかった「パートナーシップの考え方」
国立病院機構九州がんセンター 院長 藤 也寸志 氏 インタビュー
(聞き手 佐藤文彦氏)
佐藤氏 まず、九州がんセンターについて教えてください。
藤氏 国立病院機構九州がんセンターには、約110人の医師を含むおよそ850人のスタッフが在籍しており、九州地方全域から訪れるがん患者さんの診療に当たっています。
がんセンターとしては中規模ではありますが、だからこそ診療科の垣根が非常に低く、何かあればお互いすぐ助けに行き、相談に乗るというような文化が根付いた病院だと考えております。
佐藤氏 藤先生が病院長に就任されてから、どのような取り組みをしておられますか?
藤氏 私自身は2015年に院長に就任しました。就任以降スタッフに伝え続けてきたのは、「院内の各医療スタッフが各々プロとしての自覚を持って診療に当たってほしい」ということです。
医師は医師、看護師は看護師としての専門性に誇りを持ち、主張すべきところは主張し合いながらも、パートナーとして認め合う。そんな対等な立場としてのパートナーシップがあってこそ、がん診療は成立するという考えから、院内の各所での職種をまたいだ勉強会や研修会などの活動を通じてお互いの専門性について理解し合う場を設けてみたり、懇親会を通じてコミュニケーションを促進してみたりしてきました。
しかしその一方で、私がいくら「勉強しましょう」「交流しましょう」と訴えたところで、職員たちには十二分には響かないことも実感しておりました。
そんなときに、知人の病院長の先生にコーチングについて伺ったことが、一連の取り組みのきっかけとなりました。はじめのうちは興味本位に過ぎず、病院経営にどのように活かしていくべきかまでは考え切れていませんでしたが、実際、コーチ・エィのプロコーチからのアドバイスもあって、とりあえず当センターの副院長や診療部長、看護部長、事務部長、薬剤部長といった幹部層を相手に、コーチングスキルを活かしたコミュニケーションを取るようにしました。
佐藤氏 コーチングを取り入れてみて、実際にどのようなことをお感じになりましたか?
藤氏 コーチングを学び始め、あらためて納得したのは「コミュニケーションを取ることの重要性」です。
私自身コーチングを受けて実感したのですが、思考というのは、人と会話を重ね、自分の言葉にしていくことで、徐々にまとまっていくものです。この過程をうまくサポートしてくれる存在がいてくれることで、自分の行動に自信が持てるようになったり、ポジティブな気持ちで日常を過ごせるようになったりします。コーチングを学ぶにつれ、そうした機会を積極的に提供していくことも、院長としての自分の役割なのではないかと考えるようになりました。
もともと私のコーチングの実践相手(クライアント)となった経営幹部たちとは、毎朝のように会議を行い、意思疎通は取れているつもりでした。しかし、今から振り返って考えてみると、会議中のコミュニケーションはどちらかというと上意下達型で、彼らの考えを引き出すようなものではありませんでした。
そこで、2週間に1回、30分程度面談の時間をとり、日常の問題意識や今後取り組みたいことについて話し合う場を設けるようにしました。そうしたところ、徐々に関係性にも変化が現れ始めます。私自身、彼らに対し「今日は何について話そうか」と考えるようになっただけでも、相手に対する興味が増したと思いますし、面談の場面でも、一人ひとりの考えや、希望を引き出せるようになっていきました。
経営幹部の側もはじめのうちは緊張しているようでしたが、回を重ねるごとに効果を実感してくれるようになりました。そして、面談を始めて約1年後には、幹部が自身の部署でもコーチングを実践してくれるようになり、部下とやりとりする中で気づいたことを共有してくれるまでになっています。
このほかにも、コーチングを通じた取り組みについては、様々な試行錯誤を繰り返しています。
その一つが、医師が病院事務職に、看護師が医師に面談を行うというような「職種をまたいだコーチング」です。冒頭でも申し上げたように、院内のスタッフにパートナーシップを結んでもらいたいと思っていましたから、こうした取り組みを通じて、お互いの立場や専門性に対する理解が促進されたらよいと期待して実行に移しました。
新しい取り組みということもあり、スタッフも最初は苦労したようですが、実施後に行ったアンケートでは、おおむねよい反響が得られています。普段、接する機会がなかった職種の人と話すことで目線が変わり、新鮮な気持ちで思考が整理されるということもあるでしょうし、自分を理解してくれる存在が病院内の各所にいるようになったことで、仕事上の安心感が高まるといった効果もあるのかもしれません。
がんの診療を担う当センターには、当然、余命短い患者さんへの告知など、スタッフにとってストレスの高い業務も存在しますし、ターミナルになればなるほど、画一的ではない、状況に応じた対応が求められます。そうした日常の中で、自身の考えを整理し、周囲にも伝えながら納得感を持って働けるような環境を作っていくことには、非常に大きな意義があるように思います。
藤也寸志氏について
国立病院機構九州がんセンター 院長/日本学術会議 連携会員/外科認定登録医/消化器外科認定登録医/がん治療認定医
本書で紹介されているその他の病院の事例や医師の体験談
名古屋第二赤十字病院(愛知県) 名誉院長 石川 清 氏
大隅鹿屋病院(鹿児島県) 副院長 田村 幸大 氏
千葉大学大学院医学研究院(千葉県) 講師 横尾 英孝 氏
畑埜クロスマネジメント代表 畑埜 義雄 氏
日本臨床コーチング研究会会長 松本 一成 氏
日本海ヘルスケアネット代表理事 栗谷 義樹 氏
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