Hello, Coaching! 編集部がピックアップした本の概要を、連載形式でご紹介します。
目に見えない道具で「医師の働き方改革」は進化する
第3回 赤字続きの公的病院が一転 ~ 組織改革の全貌(新小山市民病院) 上
2021年03月17日
2021年3月19日に、ディスカヴァーより『コーチングで病院が変わった』が刊行されました。著者は、コーチ・エィでコーチングを学ばれたBasical Health産業医事務所の佐藤文彦氏。佐藤氏は、大学の分院での診療科長時代に、このコーチングスキルを活用し医局員全員の残業をゼロにする改革を進めてこられました。糖尿病専門医として複数の保険組合と健康増進事業を進めていったり、嘱託産業医として数多くの企業の業務改善にも取り組んでおられます。2024年4月までに全国の医療機関が「医師の働き方改革」を実現させなければいけない状況の中、佐藤氏はコーチングがそのための有益な「道具」になり得ると考え、この本を執筆されました。本書には、佐藤氏からコーチ・エィの鈴木へのインタビューも収録されているほか、組織としてコーチングを導入された病院の事例も多数紹介されています。
今回、Hello, Coaching! では、鈴木へのインタビューを軸に、病院へのコーチング導入事例を抜粋してご紹介します。
第1回 | なぜ医療機関の組織改革にコーチングが有用なのか 上 |
---|---|
第2回 | なぜ医療機関の組織改革にコーチングが有用なのか 下 |
第3回 | 赤字続きの公的病院が一転 ~ 組織改革の全貌(新小山市民病院) 上 |
第4回 | 赤字続きの公的病院が一転 ~ 組織改革の全貌(新小山市民病院) 下 |
第5回 | プロ同士のコミュニケーションを円滑にするためのコミュニケーション(九州がんセンター)上 |
第6回 | プロ同士のコミュニケーションを円滑にするためのコミュニケーション(九州がんセンター)下 |
赤字続きの公的病院が一転「地域になくてはならない病院に」
新小山市民病院 院長 島田 和幸氏 インタビュー
(聞き手 佐藤文彦氏)
佐藤氏 まず、新小山市民病院についてお教えいただけないでしょうか?
島田氏 当院は、栃木県小山市に位置する300床規模の総合病院です。在籍医師数は現在約60名。それに対し、基本を徹底して守り続けた結果、現在は紹介・逆紹介率ともに80%程度と年間4300件程度の救急車を受け入れているとお話しすると、誰もが驚くほど です。
県内には自治医科大学附属病院と獨協医科大学病院などの大学病院、近隣には3施設ほど総合病院がありますが、「断らない医療」を実践していることもあり、事実上「地域中核病院」というような機能を果たしている病院となっています。
救急車の台数に加え、多くの方が驚かれるのが、当院の病床稼働率です。新型コロナウイルス感染症の問題が発生したことで、現在は落ち込んでいるものの、以前の病床稼働率は97%以上の水準。ここまで高い稼働率となった要因としては、前述の救急体制に加え、「地域の医療機関からの紹介件数の多さ」が挙げられます。
当院は「必要な患者さんをご紹介いただき、患者さんの症状が落ち着いたら地域へと戻っていただく」という基本を徹底して守り続けた結果、現在は逆紹介率%程度と、地域の開業医の先生方にも「何かあったら市民病院へ紹介しよう」と考えてくださる方が増えていきました。
このような現状をお話しすると、少なくとも経営的にみれば、独立行政法人化した2013年以降の当院は、「うまくいっている」ように見えるかもしれません。ただ、当事者としては試行錯誤の連続で、特に就任直後は気の休まらない状態が続きました。
佐藤氏 そのあたりのところを、詳しくお話しいただけますか?
島田氏 例えば、今では80%程度を維持している逆紹介率も、独立行政法人化する前は胸を張れるような数値ではなく、「市民病院に紹介した患者さんは、自院に帰ってこない」といった悪い評判が地元の医療機関からもあがってしまうような状態でした。
小山市が外部のコンサルティング会社に依頼して行った調査では、地域の患者さんからの認知度が低いことも明らかになり、地域との関係性を180度変えていかなければならないことは明らかでした。
地域の開業医の先生方や、患者さんたちから信頼を得るためには何をすべきか。独法化前の2012年の院長就任後、私がまず行ったのは「現実を直視すること」でした。いろいろな病院を見学しにいったり、同じく独立行政法人化した自治体病院でどんな取り組みが行われているのか視察したり、時には先進的な取り組みをしている病院の先生にお越しいただき、スタッフの前でお話をしていただくようにしたのです。すると、自院に足りない取り組みが次第に明らかになり、「自分たちは遅れている」という強い認識を、スタッフとも共有できるようになっていきました。
私自身、当院に着任する前は自治医科大学附属病院の病院長を6年間務めていましたから、「"標準"的な病院」がやっておかなければならないことが何なのかは、ある程度分かっていたつもりでした。ただ、他院の先進事例を知ったことで、「新小山市民病院だからこそできる改革」の必要性・可能性をひしひしと実感するようになっていったのです。
「自院の遅れ」を意識するようになって以降、院内では週1回、2時間もの時間をかけ、リーダークラスの職員も交えて課題を直視し、どのように対処していくべきかを話し合う場を設けるようにしました。そしてこの会議で上がった取り組みがきちんと実行され、成果が出たかどうかについても、徹底して振り返りを続けました。こうした地道な取り組みの積み重ねででき上がったのが「断らない医療を実践し、紹介いただいた患者さんをきちんと地域へ返す」、今日の当院のスタイルなのです。
新小山市民病院の収入は、2013年から2020年の間に2倍ほどになっていますし、職員数も2倍くらいの規模へと急拡大しましたが、これはひとえに、スタッフの絶え間ない努力の結果だと考えています。
新小山市民病院の再建の様子を見て、その裏にどんな戦略が練られていたのか気になる方は多いかもしれません。しかしあらかじめ申し上げますが、一連の院内改革において、私自身「経営をよくしよう」と働きかけたことはほとんどなく、先述のような着実な努力が結果として実を結んだというのが、本当にすべてなのです。
ただ、日本の医療制度の前提条件を踏まえて考えると「これが正道である」というのが率直な印象です。医療というのは普通のビジネスとは違って、診療報酬で公的にサービスの値段が決まっています。医療がつぶれると世の中が立ち行かなくなりますから、患者さんが来てくれれば確実に収入が上がるようになっている。要するに、突飛な発想がなくても、「やるべきことをやっていれば収入は確実に上がる」構造になっているということです。
ただ、「やるべきこと」を職員が自ら考え、主体的に行ってくれるような組織をつくることは、そう簡単ではありませんでした。
黒字化後に訪れた「コーチング」との出会い
佐藤氏 そこで、コーチングを学びながら実践した組織改革につなげていかれたのですね。
島田氏 はい。私がコーチングを本格的に学ぼうと思うようになったのは、新小山市民病院が黒字化を果たしてしばらく経った頃のことでした。黒字化を果たし、経営的に「綱渡りの状況」から何とか脱したことで少しゆとりができ、新しい何かにチャレンジしてみたいと思うようになったのです。
はじめのうちは看護部長などの幹部からの反応は懐疑的でしたが、すでにコーチングを導入していた関東逓信病院の看護部門を見学して効果を実感し、「ぜひともやってみよう」と話がまとまったのです。まずは私がコーチ・エィの専門講座を受講し始め、次に副院長を含めた6人ほどの幹部スタッフが講座に参加するようになっていきました。
私自身はまず看護部長、事務部長、副院長といった幹部を相手にコーチングを実践していったのですが、講座を受講し始めてから、それまで意識してこなかったことも意識しながらコミュニケーションを取るようになっていきました。例えば、幹部会議において、こちらから話をよく聴くようにして、相槌を打ったり承認したり│。それまではどちらかというとトップダウン形式で「こういう課題があるから、今後はこういうふうにしよう」というように、こちらの考えを一方的に伝えることが中心だったのですが、そんな会議の雰囲気を一変させたのです。
島田 和幸氏について
地方独立行政法人 新小山市民病院 理事長・病院長/自治医科大学 名誉教授
主な学会役員歴:日本高血圧学会 理事長/日本循環器学会 理事/日本心臓病学会 理事
本書で紹介されているその他の病院の事例や医師の体験談
名古屋第二赤十字病院(愛知県) 名誉院長 石川 清 氏
大隅鹿屋病院(鹿児島県) 副院長 田村 幸大 氏
千葉大学大学院医学研究院(千葉県) 講師 横尾 英孝 氏
畑埜クロスマネジメント代表 畑埜 義雄 氏
日本臨床コーチング研究会会長 松本 一成 氏
日本海ヘルスケアネット代表理事 栗谷 義樹 氏
この記事を周りの方へシェアしませんか?
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。