各界で活躍される経営者やリーダーの方々に、ご自身にとっての「リーダーとしての哲学」お話しいただく記事を掲載しています。
株式会社カインズ 代表取締役社長 土屋裕雅氏 × 株式会社コーチ・エィ 鈴木義幸
第2章 「個」を保ちつつ、人とつながる
2018年10月11日
自分に影響を与えた一冊の本を題材に、リーダーに哲学を語っていただくインタビュー。今回は株式会社カインズの代表取締役である土屋裕雅氏にお話をうかがいました。インタビュアーは、コーチ・エィの鈴木義幸。土屋氏の一冊は、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』です。
第1章 | 行動しなければ意味がない |
---|---|
第2章 | 「個」を保ちつつ、人とつながる |
第3章 | 「浪人性」が物事を変える |
第2章 「個」を保ちつつ、人とつながる
目線が変わる機会をどうつくるか
鈴木 ソフトバンクの孫さんも坂本竜馬が大好きですよね。これは伝聞ですが、孫さんは「世界に出て行く」という点で自分と竜馬をダブらせていると聞いたことがあります。同じように、リーダーとしての土屋さんの中で竜馬と重ね合わせているところはありますか。
土屋 重ねているわけではないのですが、竜馬のように「目線がどんどん変わっていく」というあり方でいたいとは思っています。彼は、当時の体制がどうこうということではなく、「グローバルの中で見て日本という国はこうあるべきではないか」という視点をもっていたと思います。少なくとも、この本では他の登場人物と比べると、竜馬のほうが視点が一段高い。
私のことでいえば、4-5年前からヨーロッパやアジアのホームセンターの経営者が集まる勉強会に参加し始めて、目線が変わった体験があります。それまで10年以上の海外視察経験があったので、海外のことはわかっているつもりでいましたが、実際に海外の経営者たちと話してみると知らないことがたくさんありました。同時に「追いつけ追い越せ」という気もちで見ていた欧米の経営者も、話してみると普通の人で「自分にもできる」という自信が芽生える機会にもなりました。坂本竜馬も、多くの人との出会いの中で同じような目線の変化や心の動きを体験していったのではないかと想像しています。
経営者に求められる長期的な視点
鈴木 日本の上場企業は過去最高益を記録していますが、時価総額という視点でみれば、世界で勝負ができる状況にありません。つまり投資家から未来をあまり期待されていないと言えるのではないでしょうか。経営者として土屋さんはそうした日本の状況をどう見ていらっしゃるでしょうか。
土屋 投資家からどう見えるかはともかく、日本の企業はももっと長期的な視点、もっとグローバルな視点をもつ必要があるだろうと思います。現時点では問題がなくても、いまのままでいれば、将来立ち行かなくなる可能性のある企業もあるのではないでしょうか。
過去に「鉄は国家なり」と言われた時代があったように、産業にも栄枯盛衰があります。時代の変化だから仕方がないかというと、そんなことはないだろうと思うのです。時代の花形産業には優秀な人たちが集まるわけですから、変わっていこうさえ思えば変わる道があったはずです。単に、手を打つべきタイミングに手を打たなかったということではないでしょうか。そういう意味でも、長期的な歴史観をもって、自分事として事業について考え行動する人が増えていくのは日本の未来にとって大事なことだと思います。
鈴木 竜馬の時代、日本は鎖国していました。当時、「このままではまずいのではないか」と薄々思っていた日本人は数多くいたかもしれません。その中で、竜馬は歴史や世界を俯瞰する視点をもち、「たった一人でもいいから、この国を変えていくんだ」という気概をもって行動していた。いまの日本は鎖国をしているわけではありませんが、やはりなんとなく「これでいいのだろうか」という雰囲気が漂っているようにも感じます。日本には規制等も多く、他の国と比べると変化のスピードが遅い。そういう中で、大げさに言えば、本気で世の中を変えていこうと行動している人というのは、どのくらいいるのでしょうね。また、そう思って行動する人がどのくらいいたら、本当に変わるのだろうと考えてしまいます。
土屋 他の人のことはともかく、私個人の思いとしては世の中を変えるようなことをやりたいし、そのために仲間を集めたいとも思っています。また、変えていくには時間がないので、常にスピードを意識しながら経営をしています。
未来の予測を可能にするあり方
鈴木 土屋さんが何度かおっしゃっているように、竜馬は一段高い視点で世の中を見ていたのだと思います。その点、他の人たちよりも少し先の未来が見通せていたと言えるとも思うのですが、どうして彼にはそれが可能だったのだと思われますか。
土屋 私は、坂本竜馬という人のすばらしいところは、元から高邁な思想をもっていたわけではないところだと思うんです。もともとは、自分で考えることができ、どんなことでも吸収するというスタンスのただのオープンな人。いろいろな立場の人たちに会い、彼らの話を自分なりに咀嚼し、影響を受けながら、自分なりの言葉で他の人に語ることで、人に影響を与えていく。僕の思う未来を見るための早道は、竜馬と同じように、いろんな人たちと会って、話をしていくことです。人生は短いわけですから。
鈴木 なるほど。オープンで、なんでも吸収し、影響されやすい状態でいることで、影響されて影響していく。そういうあり方が未来をみていくためのあり方ということですね。
土屋 そうです。そして、そこがこの本の中でも一番大事なところだと思います。たとえば、吉田東洋のような思想家がいれば、その人に会いに行く。吉田松陰の松下村塾には、すごい人が集まっていますが、竜馬はそこにどっぷりとつかるわけではない。100%影響を受けるわけではなく、「個」を保ちつつ交流をもつ。そのスタンスがとても魅力的です。
鈴木 「ただのオープンな人」という表現はすごくヒットしました。いい言葉ですね。
土屋 自分が浪人したときに、「浪人」という言葉について改めて考えたことがあるんですよ。「浪人」というのは侍言葉で「流浪している人」、つまり「なんでもない人」という意味ですよね。現代の「浪人」は大学受験に失敗した人を指す言葉ですが、自分がその立場になってみて、たしかにどこにも属してない感じがあったんです。それはある意味、とても不安な状態です。竜馬というのは、脱藩して「浪人」になり、その不安定な状態をそのまま受け入れていた人だと思います。どこにも属していない。そういうスタンスをもち続けるのは実は勇気のいることではないかと思うのです。そこに魅力を感じます。
次章へ続く
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。