ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
クライアントの先入観にどう対応するか
2018年07月06日
「コーチングの実践中、クライアントの認知バイアス(先入観)はどのように現れるのか?そのような先入観をコーチングの会話中に認識して対処するにはどうすればよいか?」
この、先入観について書いた私のブログでは、コーチが陥る先入観の罠と、先入観に対する自覚を高める方法を取り上げた。今回は、先入観と脳について、より一般的な話を取り上げたいと思う。
先入観の理解に役立つ脳の2つの働き
私たちの行動に潜む先入観は、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)による脳の仕組みの説明、特に「システム1」と「システム2」の概念に依拠することで、最も適切に理解できると私は考えている。「システム1」は人間の爬虫類脳と感情脳から生まれるものであり、「システム2」は人間の論理脳によって支えられているものである。
念のため説明すると、「システム1」は、人間のこれまでの進化全体(社会的・生物的歴史)から生まれたものである。「システム1」は文明よりも古いものであると言える。最も原始的で本能的な脳の領域から経験を取り出す働きを持っているからである。この経験は、何よりも動物界で生き残る中で発展してきたものだ。言い換えれば、「システム1」は最も原始的な動物的行動を私たちの生活にもたらすものである。
「システム1」は速く、自己認識することなく働き、コントロール不可能で自動操縦で進む。生存の可能性を最大限に高めるために、最古の時代から学習し発展させてきた反射的行動を基盤としたシステムであり、防衛的な役割を持っている。一方、「システム2」はゆっくりで、自己認識があり、思慮深くコントロール可能である。
コーチング実践中、私たちは2つのシステムの声を認識して区別しなければならない。コーチはコーチング・セッションの雰囲気をつくり出す必要がある。コーチは、セッション中にクライアントが安心して「システム2」を働かせることができるように、適切な環境を生み出す責任を負っている。通常、私たちはクライアントが葛藤を抱えている状況を取り上げる。これはつまり、「システム1」が、何か問題がないか、危険や脅威が迫っていないか、常にチェックしているということである。コーチング環境を整えて、「システム2」を働かせることができるように、クライアントを自然に導く必要がある。しかし、実際のコーチングがおのずとこのような方向に進むとは限らない。クライアントが「システム1」の感情や先入観を持ち込んでくることもあるのだ。
これは私たちの仕事で最も難しいことの1つである。クライアントの「システム1」によってコーチングが間違った方向に向かわないようにするには、どうすればよいだろうか?
最新の文献を見ると、150種類以上もの先入観が特定されている。私たちも先入観の専門家になり、すべて覚えなければならないのだろうか。ほとんどの人にとってそれは現実的ではない。ここでは、コーチングの実践中にクライアントの先入観に対処するために、それとは別の無理のない方法を紹介しよう。
先入観の4つのグループ
バスター・ベンソン(Buster Benson)は先入観に関する優れた研究をしている。これに倣い、先入観を4つのカテゴリーに分けることにする。このカテゴリーを利用することで、クライアントから最も有意義な成果を得るために、最適な質問を作ることができる。
ところで、なぜここまでクライアントの先入観を気にするのか。それは、クライアントの話は必ず先入観の影響を受けているからである。私たちは、より的確な質問を投げかけ、クライアントの話の真意を理解するために、「行間を読む」こと、つまり先入観の影響を理解できなければならない。
認知バイアスは「人が何かを把握、記憶、推論そして判断しようとする際に間違いを引き起こすような、身に染みついた習慣または思考」と定義される。この定義を見ると、「先入観は本当に必要なものだろうか?」と疑問に思うかもしれない。だが、これは必要なものなのである。私たちの脳は、高速で効率的な情報処理を助けるように作られているからだ。先入観は認識における一種の省略であり、安全への近道であり、脳の「転ばぬ先の杖」なのである。
先入観はすべて次の4つのグループにまとめることができる。
グループ1. 情報過多
グループ2. 意味の不足
グループ3. 早く行動する必要性
グループ4. 覚えるべきこと
グループ1:情報過多
私たちは毎日、大量の情報を浴びている。情報の猛攻撃に対処するため、脳は情報をフィルタリングして、よく知っている内容から最初に認識した少量の情報だけを常に取り出すようになる。私たちが気づくのは、自分の記憶に既に取り込まれている情報や、何度も見たことのある情報である。さらに、私たちは自分の信念と相いれない情報を無視する傾向がある。これがよくありがちな確証バイアスである。
「情報過多」に関連するこのような先入観に気づかせるには、どのような質問が役立つだろうか?
- この状況の中で、あなたの信念、価値観、思想に合わない点はどこか?
- 反対の立場だったら、どのような意思決定をするか?
他にも多くの質問を考えることができるだろう。質問の主な目的は、クライアントに自分の物の見方を疑わせることである。
グループ2:意味の不足
脳は世界を理解する必要がある。説明が本当であるかどうかはどうでもよく、隙間があれば必ず埋めようとする。脳にとってそれは死活問題である。周囲の世界から送られてくるメッセージは混乱を生むため、私たちはその情報を整理してそれに意味を持たせる。あらゆる所にストーリーとパターンを見つけようとする。しかし、それが正しいとは限らない。
このグループの先入観の発見に役立つ質問は以下のとおりである。
- 受け取った情報は確認したか?どのように確認したか?
- XYZの状況を別の方法で解釈するとどうなるか?
結論が間違っている可能性を見極めるのである。
グループ3:早く行動する必要性
時間と情報が限られているからといって、私たちは立ち止まるわけにはいかない。時間を節約するため、私たちは手近にある関連付けやすい情報を求める。時間がないときは、とにかく早く済ませなくてはならないからである。
このグループの先入観を発見する質問や方法は以下のとおりである。
- 今から6か月後の自分の判断や行動はどれだけ違うと思うか?
- 決定するまでに時間がもっとあったならば、どのような情報を探したか?または誰に相談したか?
- 短期的、中期的、長期的にどのような妨げが発生する可能性があるか、リストを作成する。
グループ4:覚えるべきこと
私たちは個別的な事柄よりも一般論を好む。覚えることが少なくて済むし、認知的に処理しやすいからである。一般化は潜在的連想、ステレオタイプ、偏見に基づいて行われる。
このグループの先入観を明らかにするコーチングの質問を見てみよう。
- 一般化するために、どのようなことを無視または除外したか?
- この一般化に当てはまらない例はあるか?
このような質問をすることで、クライアントの世界の認識と理解に疑問を投げかけることができる。私たちコーチの仕事は、クライアントを安全地帯から引っ張り出して、十分な情報に基づいてより良い意思決定を自覚的に行える場所へと導くことである。
VUCAの世界で生き抜くために
バスター・ベンソンは次のように言っている。「情報が多すぎて不快だ。だからどんどんフィルタリングする。すると、ノイズが信号に変わる。意味がないと困る。だから隙間を埋める。すると、信号がストーリーに変わる。早く行動しないとチャンスを逃す。だから結論に飛びつく。すると、ストーリーが判断に変わる。これでは楽になっていない。だから一般化した情報を覚えるようにする。すると、そのような判断が自分のメンタルモデルの情報源になる。」
私たちはVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の世界に生きている。これまでの解決策はもはや通用しなくなっている。
アルビン・トフラー(Alvin Toffler)が言ったように、「21世紀においては、無学な者(illiterate)という言葉は、読み書きができない者ではなく、学習、忘却、再学習ができない者を指すようになるだろう。」
【筆者について】
カルロス・ダヴィドヴィッチ(Carlos Davidovich)氏は、医師と製薬業界の執行役としての20年間の経験を活かし、組織とエグゼクティブに対して15年以上コーチとして活動している。神経科学とリーダーシップの分野に強みを持つ。プラハのニューヨーク大学(UNYP)MBAプログラムにおける神経マネジメントの教授、トロント、ロトマン・スクール・オブ・マネージメントのEMBAプログラムの客員講師、ハーバード・マクリーン病院コーチング・インスティテュート(IOC)のリーダーでもある。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Unconscious Cognitive Biases in the Coaching Practice
(2018年1月26日にIOC BLOG に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。