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変化を求める心を作る
2012年07月11日
私が駐在する香港は、世界で最も住みやすい都市と評価され(※1)、比較的経済も安定しています。
この変化の激しいグローバル化の時代にあっても、どことなく恒常性を感じます。
多くの駐在員は、帰任することが決まると、「残念です。帰りたくなかった」と言い、香港駐在を惜しみます。
突っ込んで考えると、「帰任したくない」というのは、「安定した状態がいい」「変化は望まない」というメンタリティを象徴しているようにも思われます。
香港に返還前から進出しているある会社のManaging Director、Aさんからお聞きしたお話です。
この会社は、香港に進出して20年。一般的な会社のライフサイクルで言えば、青年期を過ぎ壮年期真っ只中のフェーズにあります。業績は決して悪くはありません。
「今、すべてのことを変えていかないと、壮年期を越えて、老年期に突入してしまいます。壮年期をなるべく延ばしたい」
自分の前任者時代から、社員には、なんとなく「現状を維持すればいい」という雰囲気が蔓延している、とAさん。
「今は、私がいろいろかき回していますが、社員の方は、もう数年立てば、また違うトップが来るだろうと思っています。だから、あまり真剣に変わろうなんて思っていないんですよ」
そもそも、人には変化を拒む傾向があります。
人が変化を拒む理由については、「WEEKLY COACH Vol.523(現在のCoach's View)」(※2)でもご紹介したジェームズ・オトゥールの「変革を拒む33の憶見」(※3)の中から、再度、いくつか抜粋してご紹介します。
● ジェームズ・オトゥール:「変革を拒む33の憶見」より抜粋
惰性 --- 進路変更のためには相当の力が必要である。
満足 --- たいていの人間は現状を好む。
不安 --- 人は未知のものを恐れる。
不安 --- 人は未知のものを恐れる。
自分にとっての利害 --- 他人にとってはよいことかもしれないが、自分たちにとっては都合が悪いと考える。
自信の欠乏 --- 新たな挑戦に耐えられる自信がない。
知識不足 --- いかにして変化するのか、どのような状態に変わればよいのかがわからない。
つむじ曲がり --- 変革はよさそうに思えるが、意図していなかった悪い結果が生じることを恐れる。
エゴ --- 自分たちの間違いを認めることに強い抵抗がある。
近視眼的思考 --- 変革が最終的には、より広い視点から見ると、自分のためになることが理解できない。
スノー・ブラインドネス --- 集団浅慮、あるいは「長いものにまかれろ」的思考。
(出典:ジョセフ・H・ボイエット、ジミー・T・ボイエット著『経営革命大全』P.54-55)
「安定した心」をいかに「変化を求める心」に変えることができるのか
香港だけの話ではないでしょうが、安定した環境に長くいればいるほど、上記の憶見が強く作用するように思います。
では、「安定した心」をいかに「変化を求める心」に変えることができるでしょうか? 安定した状態の心を急速に変化に向かわせるように仕向けると、多くの場合、脳は抵抗を示します。
脳は通常、オトゥールの憶見のような反応を自動的に起こすわけですから、それを無理矢理変えようとすれば、脳にアラームが鳴り響きます。もちろんそうしたやり方がないわけではありませんが、劇薬であり、リスクもあります。であれば、まずは簡単に「変えられるところから変える」という手があります。
柔道の寝技で押さえつけられ、腕も足も首も動かないようなときには、まずはその中で少しでも動かせる部位を見つけて動かすのが鉄則だそうです。
例えば、指先をほんの少し動かしてみる。その動きが手首に伝わり、二の腕に伝わり、肩に伝わる。いきなり力んで大きい筋肉を無理に動かそうとしても、力を最大化することはできないので、動かせるところから動かす。
心理学者であり、UCLAメディカルセンターで行動科学セミナーの責任者を務めるロバート・マウラーは、その著書『脳が教える!1つの習慣』の中で、「本当に変わりたいなら大改革をしてはいけない」ことを説いています。
ダイエットをするなら、まず「太りやすいスナック菓子の最初の一口分を捨てる」など、ごく簡単にできる行動から始めるのが大事だと。
ノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏は、普段歩く道を、毎日のように少しずつ変えて、自身の大いなる創造性を刺激していたそうです。
「いつも歩く道を離れ、未踏の森に飛び込み、新しいものを探れ」という名言に、彼の体験は結実しています。
変えられることから変えてみる。
会社の中でも、まず、ちょっとしたことから変えてみる。普段話さない人に声をかける、会議で座る位置を変える。いつもと違う「ルート」を通って席につく。行ったことのないレストランでランチをする。プロジェクトの進め方を少し変えてみる。
こうした小さな変化は、簡単に作れるものですが、視点が変わり、新たな発見をもたらします。
私のあるクライアントは、毎日ひとり、普段あまり話さない社員に声をかける、ということに取り組みました。それは、毎日のように新しい発見をもたらしたと言います。
一つひとつの発見は小さかったけれども、1カ月もすると、さらにいろいろな話を広範に聞きたくなり、ひいては、会社をどう変えていくかについて、真剣に考えるようになったそうです。
香港のお客様に毎日少しずつ変化を起こしていただくことで、それがいつか大きな組織変革につながる。そのことを信じて、日々コーチとして仕事をさせていただいています。
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【参考文献】
(※1)
Spatially Adjusted Liveability Index, the Economist Intelligence Unit (EIU) and BuzzData, July,2012
(※2)
「Change Management」 伊藤守 (WEEKLY COACH Vol.523)
(※3)
「変革を拒む33の憶見」は、デンバー大学ダニエルズ・カレッジ・オブ・ビジネス教授のジェームズ・オトゥールが、周囲が自分に反対して組織変革が進まない時に眺めるべき表として作成したもの。
(※4)
『脳が教える! 1つの習慣』ロバート・マウラー (著), 本田 直之 (監修), 中西 真雄美 (翻訳)
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