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「答え」を出すことよりも大切なこと
コピーしました コピーに失敗しましたリーダーは日々、正解がなく、かつ差し迫った問題に追われています。
そして、多くのリーダーが、その問題に対して無意識のうちに、すぐに、しかも自分自身で「答え」を出そうとします。
・私たちの頭が、暗記と応用で正解を出すことに慣れてしまっている
・自分の経験値を元に、「答え」を伝えた方が問題に早く対処できる
・一刻も早く次の行動をとれば、より良い流れやチャンスを得られる
・決断が早ければ、自分のリスクやダメージを、最小限に出来る
色々な理由があるでしょう。
しかし、「答え」を出すことよりも先に、大切なことがあるのではないでしょうか?
お茶の水女子大学前大学長で哲学の思考の専門家である羽入佐和子さんは、著書『思考のレシピ』で、「疑う」という思考法について科学の発展を引き合いに次のように記されています。
「地球が球体であることや地動説のように、科学は、既知の知識を疑い問い直すことによってより確かな知を求め、そして新たな知を人類にもたらしてきました。『疑うこと』、そして『問い直すこと』は、いわば思考の原点ともいえます」と。
そして、「疑い、問うこと」は、確かなものを見つけ出すための過程で必要でそのプロセスを踏むことで多様に思考し、思考の幅を広げるという点で大切な意味を持っている、と主張しています。
ゴールドマン・サックスの副会長を経てハーバード・ビジネススクールでリーダーシップ講座を担当し、プロフェッショナルコーチとして多くのリーダー開発に関わるロバート・スティーヴン・カプランの著書『ハーバードの「正しい疑問」を持つ技術』には、成果を上げるリーダーの習慣が記されています。
「リーダーは、問題に対するすべての『答え』を知っている必要はなく物事に定期的に距離をおいて、状況を深く考えるよう意識することが重要だ」と。
むしろ、「自分がよくわかっている、知っている、実践できている」と強く確信していることにこそ、「疑い」を持つことが大事だ、ということが必要なのかもしれません。
そして、その「疑い」から生まれる「問い」を誠実に追求すれば、問題を解決する知恵が湧いてくるのです。
カプランは、「物事の本質を突くような深い問いかけと思索は、何度も実践するうちに強力な武器として使えるようになる」とも主張しています。
「疑問」を持つ習慣を、自身のリーダーシップスタイルや組織に取り入れようとチャレンジしているクライアントがいます。
先日、一年間にわたってコーチングしてきたある小売業の中国総代表と振り返りのセッションを持ちました。
コーチから受けた、たくさんの質問の中でも、特に機能した質問は、
「本当にそうなんですか?」
「なぜそう思うんですか?」
など、「よくわかっている、知っている、実践できている」と思っているようなことに対する「問い」だった、と。
そうしたコーチの問いから自分の中で「疑問」が生まれ、自分との対話が増え、より深く考える習慣が身についたそうです。
また、「自分の想いが伝わらない」と思っていた部下とのコミュニケーションも、伝えたいことを一方的に伝えるのではなく、
「今すぐに新しいやり方に変えたい」(伝えたいこと)
「そもそも、なぜ今、変える必要があるのか?」(疑問)
「1年後の判断では遅いから」(答え)
と、「伝えたいこと、疑問、答え」をセットで話す、つまり自分の中で生まれた「疑問」や「問い」、「思考の過程」をも相手にも示すことで、部下とより通じ合えるようになりつつあることを実感しているそうです。
その総代表の方は「疑問」を持つ習慣を組織に取り入れる工夫も始めました。
部下たちには、これまで当たり前で何の疑いもなく行っていたような物事こそ、深く考え、問題点を浮き彫りにし、議論し、そして解決策を考えてほしい。そう考え、ミーティングではテーマについて「疑問」や「質問」をいくつか用意して参加するようにリクエストしたのです。
以前に比べて、チーム全体がさまざまな視点から物事を考え発想する集団に変わりつつあるそうです。
カプランの著書、『思索を推奨する組織へ』には、「『疑問』を持つ習慣を、あなたのキャリアに生かすだけでなく、組織の中に取り入れる。チームのみんなと思索の時間を共有することが大切である」と記されています。
「答え」を出すことよりも、重要なことに的確に「疑問」を抱き、問いを生み、思索し、状況を立て直し、前進する。リーダーは、この繰り返しを習慣化すること、そして、考える時間を組織の中に生み出す必要があるのです。
【参考文献】
『思考のレシピ〜自分が自分であるために哲学からのヒント〜』羽入佐和子(著)(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
『ハーバードの"正しい疑問"を持つ技術』ロバート・スティーヴン・カプラン(著)、福井久美子(訳)(CCCメディアハウス)
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