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"未完了"が人を成長させる
2016年03月16日
エグゼクティブコーチの仕事を始めて10年以上になります。 これまでたくさんの経営層の方とお会いする機会がありました。 この仕事に出会うまでは思ってもみなかったような発見もあります。
その一つが、「自分にしている質問」の影響の大きさです。 人は毎日、心の中で自分自身にさまざまな質問を投げかけています。
「今日は雨が降るのかなあ?」
「あの会議は誰が参加するんだっけ?」
そして、天気予報を調べたり、会議の参加者を確認したりするのです。
意識しているにせよ、無意識であるにせよ、目覚まし時計のアラームをセットする時も、提案資料を準備している時も、
「明日は何時に起きれば間に合うかなあ?」
「どんな資料だとインパクトがあるかなあ?」
といった質問を、行動の前に必ずしているのです。すべての行動は質問の結果である、と言っても過言ではありません。
「自分にしていない質問」をされると、人はどうなるのか?
私たちコーチは、クライアントにさまざまな質問をします。しかしそれは、クライアントが「自分にする質問」以外の質問、すなわち、クライアントが「自分にはしていない質問」です。
人は、普段自分ではしない質問をされると、すぐには答えられないことがあります。特に、自分では全く考えたことがないような質問をされると、その場ではうまく答えられず、ちょっとした「未完了」が心の中に残ります。
たとえば、エグゼクティブ・コーチングでは、現在の経営層だけでなく将来の社長候補とされている方がクライアントになることもあります。そのような立場の方には、このような質問をします。
・もしあなたが社長なら、この会社をどのような会社にしたいですか?
・もしあなたが社長なら、どのような新規事業をしたいですか?
・もしあなたが社長なら、どのような価値を社会に生み出したいのですか?
・もしあなたが社長なら、社員にどのように成長して欲しいですか?
・もしあなたが社長なら、どのような風土の会社にしたいですか?
・もしあなたが社長なら、どのような会社だと言われたいですか?
・もしあなたが社長なら、事業を通じて世界をどう変えたいですか?
・もしあなたが社長なら、戦略とは何だと他の役員に話しますか?
・もしあなたが社長なら、会社は何のために存在するものだと社員に伝えますか?
・もしあなたが社長なら、あなたの次の経営者を誰にしますか?
・もしあなたが将来社長になるなら、今どのような能力を手に入れたいですか?
・もしあなたが将来社長になるなら、今の仕事の仕方をどのように変えますか?
将来の「社長候補」とはいえ、お相手は現在社長ではなく、別の役割を担っている方です。よほど普段から「自分が社長だったら...」という質問を自分にしていない限り、このような質問にはすぐに答えられなかったり、答えられたとしても、すっきりしない「未完了」が残ったりします。
私たちコーチは、このように、質問を使って「意図的に」クライアントの中に「未完了」をつくり出すのです。その理由は、人が「未完了」に対して次のような特徴を持っていると考えられるからです。
なぜ、コーチは意図的に「未完了」をつくり出すのか?
リトアニア出身で旧ソビエト連邦の心理学者ブルーマ・ツァイガルニクの研究によって、人間の脳には未完了に対して次のような2つの特徴があることが分かりました(※)。
ひとつは、「未完了」なものほど記憶に残りやすい、という特徴です。
ツァイガルニクの研究によって、人は、すでに解決したことよりも、解決していない未完了のことを長く記憶する傾向があることが分かりました。これは「ツァイガルニク効果」と呼ばれています。
もうひとつの特徴は、人は「未完了」があると、それがどんなに些細なことであっても「完了させよう」という気持ちになるという特徴です。
たまたま観ていたテレビのクイズ番組で、答えが出る前にCMに入ってしまった時、チャンネルを変えたいのに答えが気になり、CMが終わるのを待ってしまう、というようなことはないでしょうか。それはこの特徴から説明できるでしょう。
こうしたことから、人は、他人から質問されて「未完了」となった質問を記憶しやすく、「未完了を完了させる」ために、その質問に答えようと頭を働かせ続けることになります。
そうして、「未完了」が完了した時、すなわち、質問に対する自分なりの答えが出た時、人はその分だけ成長します。質問から生じる「未完了」は能力開発につながるのです。
もし読者のみなさんが誰かの成長を促す立場なら、最も重要な役割は、相手のために「質問を考える」ことではないでしょうか。
ほんの少し「未完了」を残すような質問、つまり「すぐには答えられない」質問があると、効果的です。特に、相手がこれから進まなくてはならない「1歩先の未来」を考えさせる質問は、より効果があるでしょう。
また、もし自分の成長のために「未完了」を生じさせる質問を手に入れたいなら、普段話さない人と話してみるのはどうでしょうか。あなたのことをあまり知らない人なら、すぐには答えられない質問をプレゼントしてくれるかもしれません。
誰でも「未完了」が残るのは居心地の悪いものです。
しかし、「未完了」を完了させたいという自然な気持ちは、成長への原動力となります。「未完了」は人を成長させるのです。
最近、あなたはどのような質問を自分にしていますか?
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【参考資料】
Bluma Zeigarnik, ON FINISHED AND UNFINISHED TASKS
『脳が認める勉強法――「学習の科学」が明かす驚きの真実!』
ベネディクト・キャリー(著)、花塚 恵 (翻訳)
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