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イノベーティブなリーダーが学ぶべき「知の探索」と「知の深化」
コピーしました コピーに失敗しました企業存続に持続的なイノベーションが求められる現代、「両利きの経営」といわれるスタイルが、イノベーションを生む重要な要因であるとの研究が進んでいるようです。(※1)
「両利き」とは「知の探索」と「知の深化」のバランスをとることを意味します。トヨタ生産方式で有名な大野耐一氏は、自動車業界とは関係のない、米国のスーパーマーケットに着想を得て(「知の探索」)、ジャスト・イン・タイムを構築しました。一方、「知の深化」とは、高い収益の見込まれる技術や商品を継続的に深堀りして洗練させることを言います。
しかし、企業の実態は、効率の良い「知の深化」に励み、お金も時間もかかる「知の探索」はおろそかになる、という傾向が否めないようです。
ノーベル賞受賞者に学ぶ「知の探索」とは?
これは、個人レベルでも同様のことが言えるのではないでしょうか。「知の深化」は専門性の追求やルーティンを進化させる作業で、脳内では期待と報酬の回路を活性化します。一方、「知の探索」は、慣れ親しんだルーティンからいったん離れ、未知の方向に興味・関心を働かせる、すなわち、神経科学的には「認知的努力」が必要となり、中長期的にみるとイノベーションが停滞する傾向になる、ということです。
それでは、イノベーションを必要とするリーダーには、「知の探索」の促進にむけて、何が必要なのでしょうか。
私は、アメリカで「創造性とストレス」の研究をしていたころ、あるノーベル賞受賞者のインタビューをしたことがあります。「創造性を活性化するにはどうしたらいいのでしょうか?」との問いかけをすると、その教授は「毎日同じことをやっていてはだめだ。自分は、意識して違うことをしている」と答えました。具体的には、「自宅から研究所にドライブする際にも意識して違う道を通る。すると、いつもと違う風景が目に飛び込んでくる。結果、いつもとは違うイメージがインスパイアされる」「研究所に行けば、さまざまなラボに顔を出す。そこには、自分とは異なる経験や知識を持つ専門家や、多種多様な人種、国籍、年齢の人たちがいる。彼らに自分とは異なる視点から質問をされたり、したりすると、新しいものが生まれる可能性が広がる」とおっしゃっていました。
自ら意識して日常的に「知の探索」を行っていることが、結果としてノーベル賞につながる創造性を促進したのではないでしょうか。
ノーベル賞受賞者に「知の探索」を促したものとは?
イノベーション研究の大家、クレイトン・クリステンセンも、イノベーターの特性の1つとして、知識の幅を広げるために多様な背景や考え方、視点を持った人々との出会いを精力的に求めることの重要性を説いています。多種多様な人との出会いは、「知の探索」を促進できる、ひとつの方法です。しかしながら、人はそのことを頭で理解していても、慣れ親しんだ環境に身を置くことを好み、何かしら負荷がかかる、異分野の人や物、事に向かっていくことに抵抗感を感じることがしばしばあります。
先のノーベル賞受賞者との対談で、もう1つ印象に残っている話があります。それは、科学に対する想いを語った時のことです。「人間は有限な生き物だから、普遍で永遠なものにあこがれる。科学はそれを追求していく行為だ」というお話でした。
教授には、「普遍的で永遠のものを追求する」という想いや、その先にある「科学で社会に貢献したい」という崇高なビジョンがあったからこそ、「負荷」のかかるような多種多様な人との出会いも、ごく自然な行為になったのだと思います。
ミッションは、「自分が今、何故そうしているのか」という、自身の行動の「意味」を明確にし、さまざまな負荷に立ち向かう力を与えてくれるものです。そして、ビジョンは、旅人が昔、北極星から今の位置を確認したように、向かうべき方向を指し示してくれるものです。ウィスコンシン大学のシェーファー博士らの研究によれば、人はミッションや高い目的があると「脳のアクセルが活性化し、マイナスの感情からの回復」も早くなる、と報告しています。
異業種交流から生まれたものは?
私も、コーチングしている経営者の方を他業種の方にご紹介することがよくあります。以前、ある機械メーカーの経営者と消費財メーカーの役員、大学教授との食事会を企画しました。
そもそものきっかけは、機械メーカーの経営者の方が、エグゼクティブ・コーチングで、10年ビジョンや自社のミッションを熱く語る中で、「技術者出身である自分も会社も、ひとつのことを極める傾向があったが、今の内向きなビジネスモデルの限界から脱出するには、異分野の知見を求めることが必要だ」という気づきから企画したものでした。
食事会でこの方は、自身のリーダーとしての限界や会社の課題、将来の関心事について本音を語られていました。それに触発されたのか、もう一人の役員と大学教授も、お互いの専門分野や業界に興味を持ち、さまざまな問いかけを交わし始めました。
「Aさんの業界では、将来を何でもって推測していますか?」
「10年後の大学は、どんな価値を提供するものになっていたいのでしょうか?」
「もし、貴社の業務プロセスを弊社にあてはめるとどんなことが可能になるのでしょうか?」
食事会後、機械メーカーの経営者の方は早速、その場で出てきたアイディアをもとに、社内の技術者達に会い、オープン・イノベーションのプロジェクトチームを発足しました。
「10年後のビジョンやミッションを明確にすることで、外への関心や意識が高まってきました。外部の方との出会いはとても大切な機会で、刺激的でした」とは、ご本人の言葉です。
リーダーは、ビジョンやミッション、大義などを強く意識することで、外への意識が広がり、「知の探索」を促進することができるようです。
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【参考資料】
※1 『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP社)
入山章栄
『フォーカス』(日本経済新聞社)
ダニエル・ゴールマン (著), 土屋 京子 (翻訳)
『イノベーションのDNA ―破壊的イノベータの5つのスキルー』(翔泳社)
クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン (著) 櫻井 祐子 (翻訳)
『なぜ稲盛和夫の経営哲学は、人を動かすのか? ~脳科学でリーダーに必要な力を解き明かす~』(クロスメディア・パブリッシング)
岩崎 一郎 (著)
Stacey M. Schaefer , Jennifer Morozink Boylan, Carien M. van Reekum, Regina C. Lapate, Catherine J. Norris, Carol D. Ryff, Richard J. Davidson, 2013,
“Purpose in Life Predicts Better Emotional Recovery from Negative Stimuli
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