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ナッジな問いかけ〜人の行動を良い方向に変える一番効果的な方法〜

ナッジな問いかけ〜人の行動を良い方向に変える一番効果的な方法〜
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行動経済学に「ナッジ」という概念があります。 「ナッジ(nudge)」とは、「ひじで軽くつつく」という意味の英語で、行動経済学では「人に『良い行動』をとらせようとする戦略」として知られています。

欧米の公共政策にも取り入れられ、英国のデイヴィッド・キャメロン前首相が発足したプロジェクト「ナッジユニット」では、「市民の多くが期限内に税金を納めています」という簡単なメッセージを伝えるだけで、期限内に税金を納める人が増え、税収が大幅に増加しました。

「人々の行動を良い方向に変える一番効果的な方法は、態度や行動に『大きな変化』を求めるのでなく、『ほとんど気づかないくらいにささやかな方法』で誘導することなのではないか?」という考えを基に発展したこの理論は、私たちが日々発する「問いかけ」のヒントにもなりそうです。

「ナッジ」な問いかけとは?

「相手が気づかないくらい、ささやかに」行動を促進する「問い」とは、どういうものでしょうか。

イメージとしては、問いかけられた相手が身構えることなく、気軽に答えたくなったり、あるいは行動したくなったりする問いかけと言えます。

世界的に有名なデザインコンサルティング会社のIDEOでは、新しいアイディアを紡ぎだす際には必ず、「How might we?(どうすればできそうか?)」という3つの単語からなる問いかけからスタートするそうです。

「How should we?(どうすべきか?)」でもなく、「How can we?(どうすればできるか?)」でもありません。

「HMW」とも言われるこの「問いかけ」の伝承者で、ビジネスコンサルタントのミン・バサデューは、「人はつい『can(できるか?)』『should(すべきか?)』を問うことから始める。しかし、『can(できる)』や『should(すべき)』を使い始めた瞬間、『本当にできるか?』などの思考が回ってしまう。一方で『might(できそうか?)』は、判断を先送りし、自由な選択肢を与え、可能性を開く」といったことを述べています。

子会社立て直しを命ぜられた、ある社長の「問い」

今日のように急激な変化が求められる時代、私たちはつい、大きな決断や判断を強いる「can」や「should」型の問いかけで、相手だけでなく、自身をも身構えさせてしまうことがあるのではないでしょうか。

私がエグゼクティブ・コーチングをしていたA社長は、2期連続赤字の子会社の立て直しに派遣されました。黒字化のポイントは社員の意識を変え、変革のスピードをあげること。

Aさんは就任当初、ビジョンや戦略を社員に伝え続けると同時に、役員には「売上を2倍にするために、何ができるか?」「今のスピードを強化するために何をすべきか?」といった問いかけを畳み掛けるように発信し続けました。

ところが、Aさんがどんなに発信し、問い続けても、役員たちは頭では理解しても、その期待に応えることができませんでした。

「can」や「should」の問いかけは、何を刺激するのか?

「can」や「should」の問いかけは、状況によっては相手に「大きな変化」を予想させ、脳内で恐怖を感じる大脳辺縁系の扁桃体という部位を刺激してしまうことがあります。

脳は「大きな変化」を自分の生存を脅かすものと判断するようにプログラミングされているため、理性的・創造的思考をつかさどる大脳新皮質の機能を停止させる可能性があるからです。

そこで、Aさんがたどり着いたのが、「ナッジな問いかけ」でした。

「売上を2倍にするために、“できそうなこと”は何だろうか?」
「スピードを加速するために、私たちみんなでできそうな、“小さな一歩”は何だろうか?」
「昨日と“少しでも”違いをつけるために今日“できそうな”ことは何か?」

「ナッジな問いかけ」を創るポイントは、相手に大きな変化を強いる雰囲気を与えないこと。すなわち、心理的、物理的なコミットが最小限で済む「問いかけ」にすることです。

「小さな一歩」や「私たち」、「できそうか?」など、「緩い感触」が、思考停止状態にあった部下の脳を柔らかくし、しだいにアイディアや行動を引き出すきっかけになったのではないかと、Aさんも振り返っています。

自身が、そして部下が課題を前に行動をためらっていたら、その隣に座り、「ひじで軽くつつく」感覚で「ナッジな問いかけ」をすることも有効な時があるのではないでしょうか?

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【参考文献】
・エイミー カディ(著)、石垣 賀子 (翻訳)、『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』、早川書房、2016年
・ ウォーレン・バーガー(著)、鈴木 立哉(翻訳)、『Q思考――シンプルな問いで本質をつかむ思考法』、ダイヤモンド社、2016年
・ ロバート・マウラー(著)、本田 直之(監修, 監修), 中西 真雄美(翻訳)、『脳が教える! 1つの習慣』、講談社、2008年
・ 粟津 恭一郎、『「良い質問」をする技術』、ダイヤモンド社、2016年

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