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「ナイキスト」が起こすイノベーション
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20世紀前半、世界の「イノベーション」の中心地はアメリカのニュージャージー州にあるベル研究所でした。
この研究所からは、トランジスタ、太陽電池、データネットワーキングなど最先端の技術が生まれていきました。
それらの技術がいかに創造されたのかを探るべく、研究所内で最も特許数の多い10名の研究者の特徴を分析した人がいました。(※)
その結果に、私はとても興味を惹かれました。
特許数の多い研究者に共通していた、たったひとつのこと
10人の技術者には、たったひとつの共通する事象が見出されました。(※)
それは、専門性や能力、経験、知識などではありませんでした。彼らに共通するただひとつのこと、それは、研究所のカフェテリアでハリー・ナイキストという物静かなスウェーデン人技術者とランチを食べているという習慣だったのです。
ナイキストが超天才エンジニアで、彼らにいろんなアイデアや知恵を授けていたかというと、そうでもありませんでした。ナイキスト自身、電報やフィードバック増幅器の技術に大きく貢献してはいるものの、個性的でエキセントリックな天才科学者が集まるベル研究所では目立つ存在ではなく「信頼できる常識人」というのが彼の受けていた評価でした。
では、ナイキストは彼らに何をしていたのでしょうか?
ナイキストの人への関わりには、誰もが認める2つの大きな特徴があったといいます。
1つは、穏やかな人柄で、彼と一緒にいると、人はとても「安心感」を覚え、自分は気にかけてもらっている、と感じることができるのだそうです。
そして、もう1つは「無類の質問好き」だったのです。
人にはなぜ「安心感」が必要なのか?
そもそも、人間は社会的な動物です。
一人で生きていくのは難しい動物です。
ですから、社会から拒絶されることは、脳内イメージでは、死をも意味します。そこで、社会から拒絶されるような危険がないかどうか、自分は受けいれられているかどうかを常に確認し続けています。
おそらく、ナイキストはベル研究所で、自らの関わりを通して「私はあなたを受け入れていますよ」「あなたは、大切な人ですよ」と、相手に伝えていたのではないでしょうか。
それでは、どういう関わり方が相手との間に「安心感」を作り出すのでしょうか?
たとえば、
- 相手と視線を適度にあわせる
- 相手の話をさえぎらない
- 相手の話を熱心にきく
- 適度な距離感をもつ
- オープンな姿勢で対応する
- 相手に適度に質問する
- 時にユーモアや笑いがある
- 表情はおだやか
見ておわかりのように、これらのしぐさや関わりも、その源には、相手に対する興味や尊敬がないと自然にはできないものだと思えます。
「安心感」と「イノベーション」の関係
それでは次に「安心感」は、どのように「イノベーション」につながるのでしょうか?
人は、自分が「受け入れられていない」という危険を認識すると「戦うか、逃げるか」のモードに入ります。
そこにはもはや、新しいものを考えつく思考や創造性を発揮するチャンスはありません。一方で「安心感」があれば、人はその安心感をベースキャンプに、新しいことを探索することが可能になります。
イギリスの発達心理学者ジョン・ボウルビーは、「セキュアベース(安全基地)」という概念を唱えています。
人は拠り所となる「セキュアベース」があると、未知なるものや新しいものにチャレンジする意欲が湧くと言います。
ナイキストは関わりの中で構築した「安心感」をベースに、旺盛な好奇心から多様な質問をエンジニア達にしていきました。それも、ランチを食べながらです。
時には、挑戦的とも思える質問もしたでしょう。でも、そこには、ネガティブな意味での緊張感や不自然な気負いはなかったのではないでしょうか。その場を経ることで、エンジニアたちに新しい気づきが起こり、モチベーションに火がつきました。
企業の競争力を高めるために、あらゆる領域で「イノベーション」が求められています。
しかし、より早急に、より劇的な「変革」や「イノベーション」を求めるあまり、多くの変革がとん挫し、失敗しているとも言われています。
そうした挫折は、ナイキストがしていた確固とした「安心感」をつくりあげる事よりも、早急で過度な要求ばかりを優先させた結果、起こったのではないでしょうか。
ナイキストの姿勢は、まさに「ネイティブコーチ」の在り方と一致します。
聞き上手で、質問上手。相手に新しい発想を生み行動を促進させています。
ナイキストの姿勢や人との関わり方は、「イノベーション」を起こす何かしらのヒントになるのではないでしょうか。
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【参考文献】
※ ダニエル・コイル(著)、楠木健(監訳)、桜田直美(訳)、『THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法』、かんき出版、2018年
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