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ウワサ渦巻く職場の再生方法
2020年02月26日
新型コロナウィルスの感染拡大が大きく取り上げられるようになって約1か月が経ちました。上海に駐在している私は、春節休暇期間も含め中国に滞在していますが、日々刻刻と状況は変化し続けています。
目に見えない、未だその正体が十分に解明されていないウィルスに対し、何が真実なのかわからないという不安感が人々を支配していくことを日々感じています。
不安が蓄積するとき、人は少しでも安心感を得るためにインターネット等を通じて情報を収集します。
ネット上にはデマも多く、それを信じた人たちによって悪意なく拡散されていきます。しかし、非常時や災害時の場合は、出回った情報がメディアなどで取り上げられることで表面化し、その真偽が問われた結果、デマや噂であることが判明するケースも多々あります。
表面化していない目の前の「噂」
緊急性や程度の差こそあれ、みなさんの社内やチームの中でも「デマ」や「噂話」が蔓延しているような状況はないでしょうか?
私のクライアントAさんは、業績が悪化し、ガバナンスが脆弱化していた組織の立て直しをミッションに、社員数約400名の組織のトップとして中国に赴任しました。
半年が経った頃、最初のセッションが始まりました。Aさんが「まず着手したい」と語ったのは「組織の正常化」。
Aさんが考える「正常化」とは具体的にどんな状態なのかを聞いたところ、
「社員同士が他人の顔色ばかり気にしていて、裏では噂話ばかりしているようだ。
私が誰かと話していると、シーンとなって一斉に聞き耳を立てているのがわかる。
彼らが目標達成に集中し、いつも侃々諤々と議論をしている状態にしたい」
とのこと。
Aさんの赴任前、この組織では前総経理が解任され、生産性向上を目的に人員のスリム化が行われていたのでした。
Aさんによると、「次は何が起きるのか?」と社員の間で不安が蔓延していたのだそうです。そして、社員たちは赴任したばかりのAさんの動向に注目していたのでした。
さらにAさんは、もともと感情を表に出すタイプではなく、どちらかというと物静か。コーチング開始当初に実施したアンケートでは、「Aさんが何を考えているかわからない」という声が複数ありました。
社員の間では、中国版のLINE「WeChat」を介して、Aさんについて様々な噂が飛び交っていたようです。
「噂」を表面化する一歩とは
MITのシナン・アラル教授が2006年から2017年までに延べ450万回以上ツイート(リツイート)された12万6000以上のストーリーを調査したところ、フェイクニュースの上位1%は1000人から10万人に拡散されたのに対し、事実のツイートは1000人以上に拡散されることはほとんどなく、「虚偽のニュースのほうが事実情報よりも遠くに、速く、深く、そして幅広い範囲で広がる」ことが分かったそうです。(※1)
Aさんの組織でも、根も葉もない噂があっという間に社内に広がり、社員の不安は益々膨れ上がっていたのでしょう。危機感を募らせていたAさんは、次のことを始めました。
- 業績回復に向けたストーリーを見せる。
- できる限り全社員に情報開示する。
- 総経理室のドアを常に開け、密室にしない。
- 直属部下の部門長達と1対1で話す時間を平等に持つ。
- 若手管理職ともカジュアルに話せる時間を作る。
- 指示よりも問いかけを増やす。
特に、直属の部門長と1対1で話すときには、すぐに自分が話したくなる気持ちを抑え、まずは相手の話を聞くことに徹しました。そして、できる限り包み隠さず、Aさん自身の思いを伝えていったのだそうです。
少しずつ変化は生まれ始めました。
それまでは、「こんな噂が流れています」と、限られたリソースからしか情報が入ってこなかったのが、「社員の間でこんな話がありますが、本当はどうなんですか?」と部門長たちから直接質問されるようになったのです。
後にAさんは、
「遠回りだったかもしれないが、1対1の対話を継続することで、『この人には話してもいいんだ』という安心感を部門長たちとの間に築けたことで、彼らの不安を軽減できたように感じる。
さらに、そうしたコミュニケーションが、部門長がその部下たちの間でも増え始めているのは驚いた」と振り返っていました。
ハーバードビジネススクール教授のエイミー・C・エドモントソンは、職場にどれほどの不安が渦まいているか、それが組織内の協業をいかに阻害するかについて語っています。(※2)
そして、そうした不安を取り除くためには、誰もが自分の考えや感情について気兼ねなく発言できる「心理的安全」を生み出すリーダーが必要とされる、と説いています。
さらに、「心理的安全」のレベルは部署やチーム、グループなどによって驚くほど多様であるため、トップが命令して創られるものではないこと、各部門のリーダーの行動、ともに仕事をする同僚たちの日々の行動およびコミュニケーションによってじわじわと広がっていくものなのだ、と述べています。
「噂」が流れる背景には、社員が抱えている不安があり、その噂はあっという間に組織の中に広がっていきます。
「小さな不安」「小さな噂」が表面化せず、その真偽が不明なまま増幅すれば、本来目標達成に向けられるべきエネルギーが奪われ続けるばかりでしょう。
気軽に聞ける、話せる相手、その場の有無が不安の存在と大きく関係しているかもしれません。
噂話が蔓延していると感じた時、まず、目の前の一人の不安を緩和するための対話を始めてはどうでしょうか。
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【参考資料】
※1 「”フェイクニュース”といかに戦うか」
シナン・アラル (著), DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部(編集)、DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文
※2 エイミー・C・エドモンドソン(著)、Amy C. Edmondson(著)、野津 智子(翻訳)、『チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』、英治出版、2014年
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