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私たちの中に眠る冒険心
コピーしました コピーに失敗しましたあなたが最後に冒険したのはいつですか?
「冒険」という言葉を辞書で引くと、「危険をおかすこと。成功のたしかでないことをあえてすること」と出てきます。
新型コロナが世界中に広がり、私たちの行動が制限されるようになりました。日々メディアを通して目にすることは、危険回避の思考を刺激することばかりだと感じます。この状況下において、それは必要なことですが、同時に私たちは、危険の回避や現状回復だけでなく、新しい未来を描くことを求められています。
ホモ・サピエンスの冒険
今から約3万年前、最初の人類が台湾から日本の琉球列島にたどり着いたと考えられています。3万年前といえばまだ旧石器時代。航海技術もまだそれほど発達していなかったこの時代に、どうやって私たちの祖先は世界最大の海流とも言われる黒潮を越え、日本列島(琉球列島)にたどり着いたのでしょう。
この謎を解明するため、海部陽介氏を代表者とする国立科学博物館のチームが「3万年間の航海徹底再現プロジェクト」を立ち上げ、6年の歳月をかけこのプロジェクトを成功させます。(※1)
台湾で調達できる材料を使い、当時の道具だけを使って船を造り、人間だけの力で本当に黒潮を越えることができるのか、それを実証しようとしたのです。興味深い点は、当時の人たちと同じプロセスを体験することで、航海の困難さを理解するだけでなく、なぜそのような困難を越え、危険を冒してまで琉球列島を目指したのか、その背景まで知ろうとしたことです。
代表の海部陽介氏は、背景には2つの可能性があると言います。ひとつは「今暮らしている土地に嫌気がさして移りたいと考えた」という可能性。もう一つは「海の向こうに見えた島に対する純粋な好奇心」です。海部氏は、恐らくそのどちらもあったのではないかと言います。
はるか向こうに見える島に行ってみたいと思う、山があるから山に登ってみたいと思う、そういう好奇心はホモ・サピエンスならではの特徴でもあります。アフリカを起源とする私たちの祖先は、そうやって世界中に広がりましたが、これは他の種ではないことだと言われています。
新奇探索傾向
脳には「これまでの安定を捨ててでも、新しいものに挑戦しよう」という「新奇探索傾向」という性質があります。遺伝子的に、ドーパミン第4受容体の遺伝子内塩基の繰り返しが多いほど「新奇探索傾向」が強く、反対にセロトニンが不足すると「損害回避傾向」が強まります。
脳科学者の篠原菊紀氏によると、「新奇探索傾向」の強い日本人は7%しかおらず、「損害回避傾向」が強い日本人は98%もいるとのこと。アメリカ人では「新奇探索傾向」の強い人が40%、「損害回避傾向」が強い人も40%だそうです。(※2)
どうやら私たち日本人は、遺伝子的に、冒険を回避する傾向があるのかもしれません。
前職での私の上司だったアメリカ人執行役員は、新しい技術をどんどん取り入れてお客様に提案すべきだと、よく日本人のチームにけしかけていました。「うまくいくかどうかわからない技術を使って失敗したら、お客様に迷惑がかかる」と躊躇するのは日本人、という図式が日常的に展開されていました。
冒険する組織
デンマークの哲学者であるセーレン・キルケゴールが説く教訓の中に、野鴨の寓話があります。
毎年冬になると越冬のためにやってくる渡り鳥の鴨に、餌をやる男がいました。そのうち一部の鴨は、その男が与える餌を食べて、1年中その地で過ごすようになりました。そして3、4年も経つと、その鴨達は全く飛べなくなってしまっていたという話です。
キルケゴールの教訓は、野鴨を飼いならすことはできても、飼いならされた鴨を野に返すことは決してできないというものです。
この教訓はIBMの初代社長のトーマス・ワトソンが大事にし、そしてスティーブ・ジョブズにも影響を与えたと言われます(※3)
翻って私たちは、冒険を好む社員、野鴨のように大海を渡ることができる社員を、自分たちが好むように飼いならしてはいないでしょうか。社員にもっと冒険してほしいと望むなら、まず自分自身が社員を飼いならそうとしていないか、そして組織の文化が社員を飼いならす性質を有していないかをチェックする必要があります。知らず知らずのうちに、社員の翼を奪ってしまっているかもしれません。
私たちの中に眠る冒険心を呼び覚ます
リスクを事前に計算し、計画的に回避すること。コントロールできることを増やすこと。私たちは、大人になるにつれ、そうあるべきだと教え込まれ、学んできたのではないでしょうか。
目標が大きくなればなるほど、リスクを計算し、それをやる意義を自分に問い、その結果、自分にブレーキをかけることも多くなります。
前述の海部陽介氏は、『サピエンス日本上陸』の最後の章でこう言います。
「人間は生命を維持し命を継承する以外のことに、どれだけの労力と時間をかけているのか。(中略)どうやらそこが、ホモ・サピエンスのホモ・サピエンスたるゆえんらしい。私たちは地球上の他の動物の感覚からみれば、やらなくてもいいことに情熱を注ぐ、不思議な存在なのだ」(※1)
チャレンジを前にしたとき、まずは、
どうやったら行けるだろうか?
どうやったら手に入るだろうか?
どうやったらやれるだろうか?
そんな問いかけを自分にしてみませんか。子どもの頃にそうしていたように。
一見、やらなくてもいいことに情熱を注ぐ。それが冒険の本質なのかもしれません。
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【参考資料】
※1 海部陽介(著)、「サピエンス日本上陸」、講談社、2020年
※2 ティナ・シーリグ(著)高遠裕子(翻訳)、「20歳のときに知っておきたかったこと」、CCCメディアハウス、2010年
※3 トーマス・J. ワトソン,Jr. (著)、朝尾 直太(翻訳)、「IBMを世界的企業にしたワトソンJr.の言葉」、英治出版、2004年
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