Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
リーダーは相手の可能性をひらくために何を選ぶのか
コピーしました コピーに失敗しました部下やチームが思うように動かないときや彼らが失敗したときに、怒りや焦りなどから相手に感情をぶつけることはないでしょうか。
失敗は実験的な取り組みであり、挑戦のプロセスであり、ひいてはイノベーションの当然の副産物だと言われます。頭では理解できても、失敗や挫折を受け入れるのは、思いのほか難しいものです。それは、わたしたちが感情をぶつける以外の選択肢を持っていないからかもしれません。
「怒り」を感じたときの3つの選択肢
ボストンフィルハーモニック管弦楽団の指揮者だったベン・ザンダー氏という方がいます。彼は楽団の指揮者を務める傍ら、音楽学校も経営していました。ある年のコンサートは、前評判も高く、チケットがあっという間に完売。ザンダー氏は、音楽学校の生徒たちにもその演奏を聞かせようと思い、彼らの座席を確保していました。
しかし、コンサート当日、埋まっているはずの生徒用の席はがら空き。大成功で終わった演奏後、ザンダー氏はスタッフに聞きました。
「生徒たちはどうしたの?」
「それが、みんなでショッピングモールに遊びに行ったらしいのです」
ザンダー氏は怒り心頭。チケットを手に入れたくても手に入れられない人がたくさんいたのに。
帰宅し、奥さんに怒りをぶちまけると、コーチでもある奥さんは言いました。
「リーダーには常に3つの選択肢があるの。相手に妥協すること、相手に怒りを投げつけること、そして相手を受け入れ可能性をひらくこと。あなたはどれを選択するの?」
ザンダー氏は、一晩考えて、翌日、生徒たちを前に語りかけました。
「君たちが、コンサートではなくショッピングモールに行くことを選んだと聞いた時には、本当に頭にきた。でも、考えているうちに、それは私の責任であって、君たちの責任ではないと思えてきた。
今回のコンサートがいかに君たちのキャリアにとって意義深く大事なことであるかを、僕は伝え切れなかったのだから。ほんとうに申し訳ないことをした」
それ以降、生徒たちは、かつてないほど熱心に練習をするようになり、コンサートをサボることも二度とありませんでした。(※1)
* * *
ますます多くの業界が、破壊的な変化に翻弄され、今後、人々の仕事は激変していくと言われています。そういった中、どんな場合であってもリーダーが「相手を受け入れ、可能性をひらく」という3つ目の選択肢を選ぶ能力の重要性はより高まっていくでしょう。
求められるのはリーダーの「決め」
エグゼクティブ・コーチングのクライアントであるTさんは、アジア某国の大手老舗日系メーカーの副社長。現地で働く社員は4000人います。
2020年4月、COVID-19の感染急拡大により、首都はロックダウン。30名ほどの日本人駐在員のほとんどを一時的に帰国させざるを得ない状況に追い込まれました。技術系統括のTさんは、技術系としてはたった一人、現地に残ることになりました。
当時、あからさまでないにしろ聞こえてきた声には、次のようなものがありました。
「現地の人たちだけでは、この難局は乗り越えられないだろう」
「オペレーションを守るだけで、新しい取り組み(新技術導入など)はできないよね」
残念ながら、日本人社員が帰国した後、生産現場は一時的にミスやトラブルが続きました。Tさんの内心は、焦りや怒りとともにありましたが、それでも現地社員たちと一つひとつを紐解き、話し合い、時に叱咤し激励しました。すると、驚きのスピードで日常が戻っていったのです。
結果として、近郊の工場も含めて三大拠点は粛々とオペレーションが回り、上半期の業績も極めて順調に進みました。現地社員はコロナ対策、物流の確保など難しい対応をしっかりこなしながら工場を守り、彼らだけで十分やっていくことができることを示しました。加えて彼らの想いは「目標達成」を越えて、「コロナで大変なこの国の国民のために」とより大きな目的に向かっていきました。
「もしこの変化にTさんが影響したとしたら、それは何だったのか」、さらに、「この『壮大な実験ともいえる状況』から我々は何を学ぶことができるのか」
セッションの中で、これらの問いをTさんとともに紐解き、たどり着いたのはTさんが選び取った「決め」が影響したのではないか、ということでした。
Tさんは非常事態の中、心の底から「ここでやる」、心の底から「このメンバーとやる」と「決めて」関わったそうです。「心の底から」の想いをもったTさんは、社員との向き合い方の目的が変わり、関わりが変わったのでしょう。そしてそれがメンバーに影響し、組織全体に影響した。失敗やミスをお互いが受け入れ、未来に繋ぎ、可能性をひらく、そんな関わり方にたどり着いたということだと思います。
* * *
あなたは、「ここでやる」、「このメンバーとやる」ということを『心の底から』決めているでしょうか。
相手の可能性をひらくために、あなたは何を決めますか。
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【参考資料】
セリーナ・チェン(カリフォルニア大学バークレー校 教授 ), 『セルフ・コンパッションは自分とチームを成長させる』 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2019年5月号
※1 鈴木義幸, Coach’s VIEW『可能性を拓く』, 2004年11月24日
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