Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
答えのない問題にどう向き合うのか
2021年05月12日
Language: English
私は上海にて、在中国の日系企業のマネジメント層の方が、中国人部下の目標達成に向けてコーチングをするというプロジェクトに、数多く関わらせて頂いています。
先日、プロジェクトをスタートしたばかりのクライアントAさんから、次のようなリクエストがありました。
「昇格をしたいという目標を持っている中国人中堅社員がいるが、実際には難しい。どう回答すればいいか? その考え方、並びに対応のスキルを教えて欲しい」
Aさんは、目標設定をするセッションで、部下に
「何を手に入れたいか?」
と問いかけたそうです。すると、
「昇格したい」
という答えが返ってきたとのこと。この部下は在籍年数も長く、普段も真面目に仕事に取組んでいる中堅社員。しかし、Aさんの会社の中国現地法人は組織規模も限られており、昇格ポストが空いていない。結果、長く昇格させることができずに今に至る、という背景があるそうです。
中国は、日本と比べて非常に離職率が高い。何をもって彼らのモチベーションを維持させることができるのかは常に悩みの種とのこと。
これはAさんに限らず、在中国日系企業のリーダーから非常に多くいただくリクエストの一つです。過去に、別のクライアントであるBさんからも同様のリクエストをいただいたことがありました。
答えを急がず、共に考える
Bさんの中国人部下は、転職入社して間もないものの、非常に勤勉で実行力もあり、成果も出している。一方、最大限の評価はしているものの、部下は昇給率に満足していない模様。組織内の規定を変えていくことは容易ではなく、例外をつくることによるリスクもある。すぐにはどうしようもない環境下、部下のモチベーションを保ち続けるために自分はどうすればいいのかを教えてほしいというリクエストです。
しかし、そもそもこうしたことに「答え」はあるのでしょうか。私は、Bさんとの間に、
「Bさんは、答えがすぐ出ない問題に対し、どのように対処する傾向があるか?」
「それはBさんのどのような前提から来ているのか?」
といった問いを置いて対話をしました。Bさんは、悶々としながら考え、最後にこう言いました。
「会社の規定や方針の下で考えなければならないという前提があるとき、自分ではどうしようもないと、きちんと対処してこなかったと思います。まずは、この前提を外して部下と話してみたい」
その後、Bさんは「会社の規定や方針」という前提を横に置き、部下と向き合い、対話をしたそうです。
「仕事を通して何を手に入れたいのか?」
「具体的にいくら稼ぎたいのか?」
「いつまでに達成したいのか?」
「その時の自分はどのような自分なのか?」
対話を継続する中、当初は曖昧なイメージしか持っていなかった部下でしたが、
「3年で今の5倍、年間100万元(約1600万円)稼ぐ」
という、具体的なイメージについて話し始めたそうです。人件費が上昇している中国といえど、100万元の年棒、しかも3年でとなると容易ではなく、会社の規定を考えれば到底無理な話です。
それでもBさんは、対話を続けました。
100万元稼いでいる時のセルフイメージ、その時、身に付けている能力・スキル、その時の自分は、今の自分と何が違うのか、会社はどのような価値に対して100万元払うのか。
これまで持っていた前提を横に置いて話し続けたそうです。
ややもすれば「この会社では無理だ」と考え、転職してしまうリスクもあります。しかし実際には、対話によって、件の部下は「年収100万元」という明確なゴールイメージをもち、現在の一つひとつの仕事もそこに向かうステップだと考えるようになったと言います。結果的に部下のモチベーションは高まり、いまの組織の中で何ができるのかを今まで以上に考えるようになっていきました。
これまでであれば、何らかの答えを出して対処していたBさんでしたが、答えを急がず、共に考えた結果です。
ネガティブ・ケイパビリティー 答えの出ない事態に耐える能力
「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念があります。
作家、精神科医である帚木蓬生氏は著書の中で、ネガティブ・ケイパビリティを次のように定義しています。
「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」
「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」
さらに、ヒトは「目の前に、わけの分からないもの、不可思議なもの、嫌なものが放置されていると、脳は落ちつかず、及び腰になり」、「そうした困惑状態を回避しようとして、脳は当面している事象に、とりあえず意味づけをし、何とか『分かろう』と」するため、このネガティブ・ケイパビリティを実践するのは容易ではないと言います。
ネガティブ・ケイパビリティに対する概念はポジティブ・ケイパビリティで、これは、問題が起こった時に、的確にかつ迅速に対処する能力を意味します。帚木氏は、学校教育や職業教育が不断に追及し、目的としているのはポジティブ・ケイパビリティだと指摘しています。
一般に、「的確、且つ迅速な対応」を「是」とする風潮が強いように思いますが、社会には、対処しようのない事態も数多くあるのが現実です。そんなときに、答えを急がず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることも一つの能力なのです。
その実践を可能にする一つの方法が、「共に考える対話」なのかもしれません。
冒頭のAさんも、これからどのような対話を部下としていくのか、私も共に考えていきたいと思います。
この記事を周りの方へシェアしませんか?
【参考資料】
帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ ~答えの出ない事態に耐える力』(朝日新聞出版)、2017年
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。
Language: English