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「問い」とともに生きる
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ハーバード大学の教育学教授、ポール・ハリス氏によれば、子どもは2歳~5歳の間に、周囲に説明を求める「問い」を、実に計4万回もしているといいます(※1)。周囲に「問い」かけることが、子どもの認知能力の発達を促進するようです。まさに子どもは、「問い」とともに生きている存在といえます。しかし私たちは、子ども時代に比して年を経るに従ってその習慣を失い、「問う」数が減っていきます。
人はなぜ「問う」ことが少なくなるのでしょうか?
「問う」から「解く」へ
さまざまな原因があると思いますが、その一つは、人生の早い時期に「問う」行為が「強奪」されるが故だ、とMITのリーダーシップセンター所長、ハル・グレガーセンは言います(※2)。
ある調査によれば、小学校の1時間の授業中、教師が生徒に「問う」回数は平均84回であるのに対して、生徒が教師に「問う」回数は、クラス全員で平均2回という報告があります。つまり学校の授業では、「問う」ことよりも「解く」ことが優先されているのです。
学校を卒業し、就職して仕事を始めてからも、私たちは与えられた「問い」に対して、スピード感もって答えを出す、つまり「解く」ことが求められることが多いのではないでしょうか? 社会はより効率的に、効果的に「解く」ことができる者を評価する傾向にあります。
それ故、次第に人は「問う」ことよりも、与えられた「問い」を、より速いスピードで、より良く「解く」ことを初期設定として自身に課していきます。
「問い」は未知への扉である
「問う」ことよりも「解く」ことへの比重が高まる要因は、ほかにもあります。実はそもそも人は、「解く」ことを重視する生き物なのです。
人は予測のつかないものや不可思議なものを避け、確実なものを求める傾向があります。なぜなら、確信が揺らぐと、神経学的には、身体的攻撃を受けたときと同様の苦痛を感じるからです。ですから、私たちは脳を心地よい状態に保つために不確実性を排除し、何かしらの確実性=「解」を常に探し求めます。
一方で、「問う」という行為は、ある種の不安定さや混乱を生み出します。「問う」ことは、予測のつかない世界への扉であり、その向こうには慣れ親しんだ概念や前提を覆すものが潜んでいるかもしれないからです。
しかし、だからといって「問う」ことをやめ、過度に「解く」ことに傾斜してしまっては、新たな探索が生じません。「解く」ことが中心の在り方は、私たちから未知に目を向ける機会を奪い、思考停止状態に導きます。結果、世界との関わり方は、固定的で、いわば「静止画」ともいえる状態になります。
問い続けること、解を握りしめること
たとえば、「リーダーシップとは何か?」という「問い」を問い続けるリーダーと、「リーダーシップとは人を統率することだ」という解を導き、「リーダーシップとは何か?」という「問い」を一切振り返らないリーダーでは、周囲に与える影響や、人との関係性などにおいて起こってくることが、かなり違ったものになってくるように思います。
「リーダーシップとは何か?」と「問い」続けるリーダーは、
「目の前の部下にどう関わればいいのか?」
「リーダーとはどんな存在なのか?」
「リーダーシップを高めるためにどんな成長が必要か?」
等々、新たな問いを立て続け、考え続けるでしょう。その在り様は、時に、周囲には曖昧かつ不安定な存在にも見えるかもしれません。しかし、そこには、生身の生きているリーダーの姿があります。
一方、「リーダーシップとは、統率することだ」と「解き」、その「解」に縛られているリーダーに対しては、硬直的で距離感のある存在としか感じないような気がします。
「問い」に対して新たな「問い」を立てる
哲学者の河野哲也氏は、
「解を得たと思う人間は、対象を技術的に扱い、距離を置いて接する。問いとともに生きる人間は、人を引き付け、周囲にいる他者もその問いに巻き込んでいく」
と述べます(※3)。
「問い」に対して「解く」ことに比重を置くのではなく、上述したように「問い」に対して新たな「問い」を立てることを優先する生き方があるということです。
しかし、先にも述べたように、「問い」は人を、どこか宙ぶらりんで不安定な世界に誘います。それが、本質的な「問い」であればあるほど、その傾向は高まります。ですから人は、その生き方を選択することに、少し尻込みするかもしれません。
しかし、時には、そういう怖れを超えて、「問い」とともに生きることを選んでみることが大切なことのように思えます。
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【参考資料】
※1 イアン・レズリー著 須川綾子訳『子どもは40000回質問する』光文社、2016年
※2 ハル・グレガーセン著 黒輪篤嗣訳『問いこそが答えだ』光文社、2020年
※3 河野哲也著『人は語り続けるとき 考えていない: 対話と思考の哲学』岩波書店、2019年
スティーブン・デスーザ&ダイアン・レナー著『無知の技法』日本実業出版社、2015年
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