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幸せって何だろう
コピーしました コピーに失敗しました衝撃は、突如として訪れました。インフォビジュアル研究所の書いた『ホモ・サピエンスの秘密』という本を読んでいた時のことです。
これは100ページ足らずの本で、宇宙誕生のビックバンから、地球の誕生、人類の誕生、そしてその後、人類がどのように発展してきたのかを図で示しながらわかりやすく説明してくれます。歴史の大きなあらましをつかめればよい、そんな軽い気持ちで読みつつ、「人類の歴史とは、豊かさを追い求め、そしてそれを手にしてきた歴史なのだ」、そのような理解を得ながら本を読み進めていました。すると残り数ページとなったタイミングで、突然、この本が問いかけてきます。
「20万年の進化を遂げてきたいま、私たち人類は幸福だろうか?」
歴史における出来事の説明に徹してきた本が、問いと共にさまざまなエビデンスを並べ、現代人がだんだんと幸せを感じなくなってきている現状を突きつけてきます。
豊かさは、必ずしも幸せを生まない。
では人類は何のために、こんなにも必死になって豊かさを求めているのだろうか?
そもそも幸せとは何なんだろうか?
そんな哲学的な問いを私に残して、この本は終わりました。
ルビコン川を渡る
あるお客様と取り組んでいる次世代リーダー開発のプロジェクトがあります。自分の次を託すリーダーたちを開発したい、将来に向けて明確なビジョンと強い想いをもつ人たちにこの部門の未来を託したい、そんなオーナーの期待を背負ったプロジェクトです。
私もコーチとして、次世代リーダー候補の一人であるクライアントに、彼の描く未来を問いかけ続けます。
「あなたはどんな未来を望んでいるのか?」
「あなたは組織のメンバーをどこに連れていきたいのか?」
「そこで手にするものは何なのか?」
「誰とその未来を創るのか?」
プロジェクトも中盤に差し掛かった時、そのクライアントが『リーダーシップの旅』(野田知義・金井豊著)になぞらえて、こんなことをシェアしてくれました。
「自分が何を求めてここまでやってきたのかだんだんわかってきました。長い旅路の末、ルビコン川の畔までやってきて、実は今、そこそこ満足していることも自覚するようになってきました。このまま川の畔で幸せに暮らすこともできます。なのに、なぜ川を渡って、さらに先を目指す必要があるのでしょうか?」
今のままでもそれなりに幸せを感じているのに、なぜさらにこの先を目指す必要があるのか?
彼の問いは、冒頭の書籍が問いかけてきた問いと重なります。
私たちは幸せなのだろうか? この先に何があるのか?
ここまで社会が豊かになり、基本的に、何ひとつ不自由のない世の中になって、もしかしたら、多くのリーダーたちが根底に抱えている問いなのかもしれません。
世界三大幸福論
人は、「幸せを求めて人生の旅をする」と言ってもよいかもしれません。
しかし、そもそも「幸せ」とは何なのでしょうか?
何かに成功することでしょうか。人から褒められたり、認められたりすることでしょうか。大きな目標を達成したり、昇進したりすることでしょうか。それこそ、今以上に豊かになることでしょうか。
世の中には実に多くの「幸福論」があります。「幸せ」について考え始めた私は、今年の夏休みに、フランス哲学者のアラン、イギリスの哲学者バートランド・ラッセル、そしてスイスの政治家カール・ヒルティがそれぞれ書いた「幸福論」に目を通しました。この3人の幸福論は、世界三大幸福論と呼ばれています。
3人の描く「幸福」は三者三様とみなすこともできるのですが、共通点もあります。
それは「幸せである」という状態は、非常に個人的で主観的な経験であるということです。外的な環境や状況が幸福に影響を与えることもありますが、幸福そのものは個人の内面に依存します。このことは、私自身へのこんな問いにつながります。
私は何に幸せを感じるのだろうか?
私のエネルギーや時間は、そのことにちゃんと向けられているだろうか?
私は自分の幸せについて誤解していないだろうか?
人の定義する幸せを生きてはいないだろうか?
そして、「幸せ」を求める旅の意味について、自分なりの結論に至りました。
自分にとっての幸せ、その定義、もしくは捉え方が変わらない限り、目指す先も変わらなければ、今よりもさらに先を目指す理由も生まれないのではないか。
「人生の主役になれ」
先のクライアントは、最近、自分が未来に何を欲しているのか、とてもいきいきと語ってくれます。会社を、組織をどうしたいかではなく、自分自身はどんなふうに成長したくて、どんなことをもっとやってみたいのか、どんなことをもっと味わってみたいのか。それを語る彼はとても楽しそうです。
少し前の私は、彼が語ることを聞きながら、自分自身についてではなく、組織についてもっと語るべきではないのか、そんな風に思っていました。しかし、今は「これでいい」と思っています。自分についてもっと掘り下げていくこと、それによって、組織の未来はおのずとついてくる、そう思うようになってきたのです。
フランスの哲学者アランは言います。
人生の主役になれ。
幸せは、誰かに与えられるものではなく、自らの意思と行動によって作り出すものである。不安や欲望に支配されたら、どこかで私たちは自分を不幸だと思ってしまう。自分の力で自分自身を開拓していくことが大事で、自分のしていることを楽しめるのは、それも大事な能力の一つだと。
幸せを欲するのであれば、自分の舞台に上がれ、そして全身で知覚し、いつも「上機嫌」でいることが大事である。
もし自分が何によって幸せを感じるのか、その自己認識を誤ってしまえば、きっと幸せにたどり着くことがないのでしょう。自分の持てる力を存分に発揮し、日々精進しながら、その人にしかできないことに努力を怠らず行動をもって取り組んでいたら、そして不機嫌に支配されることなく、自らを律して上機嫌でいることを選択し続けたなら、きっとその人は、幸福という守護神に守られ続けることなのでしょう。
そんな人が進む道を、多くの人は喜んで支援するのではないでしょうか。幸福は、幸福な人から幸福な人へと伝播すると言います。「リーダーが未来に向けて道を切り拓く」というのは、そういうことなのではないでしょうか。
壮大で魅力的な未来像、そんなことよりも、目の前にいる人たちの魅力と幸せについてもっと話してみたい、夏休みを経て私の目線も少し変わったようです。
次のクライアントとのセッションが楽しみです。
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【参考資料】
- インフォビジュアル研究所 (著)、『図解でわかる ホモ・サピエンスの秘密』、太田出版、2017年
- 野田智義、金井壽宏 (著)、『リーダーシップの旅』、光文社、2007年
- アラン(著)、齋藤慎子 (訳)、『アランの幸福論 エッセンシャル版』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年
- 合田正人(著)、『アラン 幸福論』、NHK出版、2012年
- カール・ヒルティ(著)、草間平作(翻訳)、『幸福論』、岩波書店、1961年
- B.ラッセル(著)、 安藤貞雄 (翻訳)『幸福論』、岩波書店、1991年
- 小川仁志(著)、『バートランド・ラッセル 幸福論』、NHK出版、2021年
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