プロフェッショナルに聞く

さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。


スポーツの有識者に聞くコーチングの原点
日本スポーツ振興センター 理事・ハイパフォーマンススポーツセンター長
勝田隆氏

第4章 コーチングの原点は人と人との関わり

第4章 コーチングの原点は人と人との関わり
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2019年10月末に、東京の青山でスポーツ・コーチングに関する国際会議、グローバル・コーチ・カンファレンスが開催されました。この学会を日本側として主催したのは日本スポーツ振興センター(JSC)。スポーツ庁直下の独立行政法人です。今回は、その国際会議の日本での開催を実現した立役者のお一人である、JSCの理事で、ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)長、勝田隆氏へのインタビュー記事をお届けします。勝田氏は、長年日本のトップアスリートたちへのスポーツ・コーチングに携わってこられました。インタビューでは、スポーツ・コーチングにおける大切な視点や、ビジネス・コーチングとスポーツ・コーチングとの共通点などについて、お話を伺いました。

第1章 日本初開催のスポーツ・コーチング国際会議
第2章 対話の積み重ねを通じたコーチング
第3章 スポーツにおけるコーチングの役割
第4章 コーチングの原点は人と人との関わり

本記事は2020年1月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

人と人との関わりが原点

 スポーツ、ビジネスといった領域を超えて「コーチング」に共通することはどのようなことだとお考えでしょうか。

勝田 共通するのは「人と人との関わり」という最も人間的な営みであるということ、そして、人と人とが関わることで、より良いものを生み出そうとする営みであることだと考えます。

ビジネスの世界で活躍されているコーチの方とお話しする機会もありますが、根底にこの意識が共通しているので、話をしていて齟齬をきたすことがありません。関わりを通して、より良いパフォーマンスや集団へと変容させていくというコーチングの役割は、フィールドが異なっても同じだと思います。

カタカナ語をそのまま使うことに意味がある

 一つの言葉も、立脚点が異なればそれによって解釈も多様です。「コーチング」という言葉についても、それぞれの定義が違うという難しさを感じることがあります。

勝田 そういう観点もありますが、むしろ、「スポーツ」とか「コーチング」など、敢えてカタカナの言葉を使うことのメリットもあるのではないでしょうか。カタカナを用いる言葉は、外来語や外国語との関係性が高い。日本語に置き換えようとしても、ニュアンスや内容、意味合いがなんとなく異なる、あるいはしっくり来ないようなことがあって、そのままカタカナを用いているものも多くあります。「スポーツ」も「コーチング」も、これに該当すると思います。

言葉と向き合い、そこから紐解かれる共通性や違いについて考えることは、その本質や派生する行動を考える上でも極めて重要だと思います。

ちなみに、コーチングの本質的な目的は「人を育てる営み」であり、その営みは「指導」や「教育」と同一線上にあるものと言っても間違いではないでしょう。しかし、「コーチング」が単なる「教育」や「訓練」と異なる点は、コーチングは受ける側の自発性や主体性をより明確にし、その手法を技術化しようとしてきた点にあると私は考えています。

繰り返しますが、言葉は大事なコミュニケーションツールですし、言葉には力があります。ですから、似たような言葉にすっと置き換えてしまうよりも、もともとの言葉の中に含まれるニュアンスや文化、歴史、価値観といった背景と向き合うことによって、共通した意義やそれぞれ異なった立場における役割の明確化が生まれるのではないかと思います。

海外の人たちと「コーチング」に関するミーティングをした際、最初にそれぞれの国で該当する言葉と意味などを紹介し合ってから、議論を始めた経験があります。キーとなるテーマについて、その共通性や違いを認識した上で話し合うことができ、コミュニケーションも議論も深まりました。「コーチング」という言葉は、汎用性があり、文化的な背景も含めてとても奥の深い言葉ではないでしょうか。

スポーツにおける「試合」の大切さ

 最後に日本のスポーツ界のコーチたちへのメッセージがあれば、ぜひお願いします。

勝田 まず、スポーツにおける「試合」について、その在り方や重要性について述べたいと思います。特に試合、ゲームにおいて「競う」ことに着目したいと思います。

「競う」という英語「compete」は、ラテン語の「competere」が語源で、「com(一緒に)」と「petere(求める)」から成り立ち、「共に努力する」といった意味もあったという説があります。このような説から、私は「競う」という行為は、共に努力しようとする協力的姿勢が根底にあるものと捉えています。

一方、試合に関係する「ゲームgame」のもともとの意味には、「人が集まること」だったという説があります。いくつかの語源の中には「参加、関係、共同」といった意味もあったとのこと。私はこれらの語源から、試合(ゲーム)には「他者と建設的に向き合い、共に努力し良き関係を創り出すもの」と解釈しています。

言うまでもなく、競技スポーツにおいて「試合」は非常に大事なものです。「試合」という言葉を分解すると「試し合い」となります。自分のチカラを精一杯試すことのできる「場」や「相手」があることは幸せなことですよね?

私たちは、集団的な社会の中で生きています。社会とは、国際的で多様な価値観が行き交う大きな人間社会も指しますし、会社やグループなどの小さなコミュニティも含みます。

このようなさまざまな集団において、自らのチカラを精一杯試すことのできる豊かな競い合いの「場」や「相手」は、みんなで守っていくものではないでしょうか。

誰かが用意し、提供してくれるのではなく、「自ら」が大切にし、守って行いくよう努めることが重要です。そこにコーチングの必要性と役割があると思います。

勝敗と同じくらい大切なこと

勝田 もう一つ、「試し合いの場」「競い合いの場」を豊かなものとするために、私が大切だと思っていることを思いつくまま紹介したいと思います。それぞれのお立場で共通することに置き換え、メッセージとして受け取っていただければ幸いです。

一つは「レフェリー」。審判の判定は、勝敗に直接的な影響を与え、そしてその存在は「試合中においては唯一の、事実の判定者」とも位置づけられている競技も多くあります。審判の毅然とした態度や、安全性を予測した行動、すなわち審判の判断でプレーや試合を止めることなども含め、その判定には人間の判断や特徴が見えることも、スポーツの魅力や安全性を支える一部であると思います。

審判の呼称の一つである「レフェリー(referee)」は、「refer(任せる,委託する)」と「-ee(〜された人)」とから構成されています。 このことから、審判は、「依頼(refer)された人・任された人」とも解釈できます。「審判はなぜ存在するのか」という根源的な問いなど、大切な試合を「任せる側」と「任される側」に立つ者が、共に考えていくことが重要だと思います。

JSC提供

二つ目は、ルール。ラグビーやサッカーでは「ルール」のことを「ロー:Law(laws of the game)」と言いますが、ルールとはみんながうまくいくための約束ごと、合意事項です。人が集まって楽しむ場としてのスポーツには、参加者の合意による約束ごとが重要です。

多くの競技における競技規則には、曖昧な表現やその適応に関して審判の判断に委ねられる部分が少なくありません。サッカーの競技規則には、その適応について「多くの状況において『主観的な』判断を必要とする」とも書かれています。

個人の利益や目先の利益ばかりに目を奪われ、参加する人の「全体」や競技そのものの「未来」に対する視点が失われたら、「試合」の面白さもスポーツの発展もないのではないでしょうか。「ロー(Law)」という言葉から紐解かれる本質的意味や、集団への参加の前提となる「合意」を重んじる精神を大切にすることを共有したいと思います。

最後に、「人との繋がりが人を育てる」と言います。コーチングがその営みに重要な役割を果たすものであることは言うまでもありません。

(了)

インタビュー実施日: 2020年1月23日
聞き手・撮影: Hello Coaching!編集部
表紙写真: JSC提供

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