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わたしは対話が怖かった

わたしは対話が怖かった
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「わたしは対話が怖かった」

これは、永井玲衣さんの著書『水中の哲学者たち』の中に出てくる一文です。

数多くの学校や企業で哲学対話を展開する永井玲衣さん。彼女の対話に対する正直な言葉、正直な視点に、本のページをめくる私の手が止まりました。

私は、前回のコラムで「リスクを取って話すことから対話は始まる」、そんな主旨のことを書きました。「対話の先で自分が変わること、そのことに両者がオープンな姿勢で臨むことが大事」。そんなことも書いたと思います。

この一文を目にしたとき、「口で言うのは簡単なこと」、永井さんにそう指摘されたように感じました。

積み上げたレンガをデリカシーもなく壊す

最近ではコーチングにおいても、「コーチが質問して、クライアントが答える」というスタイルから、「お互いの間に問いを置き、共に考える」という対話のスタイルにシフトしてきています。

コーチである私自身は、対話を怖いと思っているでしょうか?

あるクライアントの言葉が頭に浮かびます。

「対話は、パンツを脱ぐ勢いじゃないとできません。脳に汗をびっしょりかいて話すような感じです」

永井さんは著書の中でこう言います。

「わたしたちはわけのわからない世界に、意味づけをしたりレッテルを貼ったり、ヴェールで覆ったりして、何とか生き延びている。何年もかけて信念を構築し、それを前提にした上で世界を解釈したり、何かを創造したりする。にもかかわらず、哲学はあっという間に『前提を問い直す』などといって、積み上げたレンガを粉々にしてしまうし、他者はわたしの大切な意味づけを、デリカシーの欠片もなく剥がしてしまう。そう考えると、哲学対話とはわたしたちを自由にするどころか、立っている場所を脅かす兵器でもある」※

哲学対話に限らず「対話」には、相手だけではなく自らの前提を問い直す、つまりは自分の基盤となるものを一旦壊す、そんな怖さが伴います。もし対話に怖さを感じないのだとすると、それは表面的なやり取りにとどまっているからかもしれません。

買わない服を試着するか

私がいつも対話を楽しみにしているクライアントの方がいます。彼女とは、毎回どこに行くか予想もつかないやり取りが繰り広げられます。

「内村さんは、買わない服を試着しますか?」

あるとき「部下とのコミュニケーションの目的」について二人で話していると、突然そのクライアントから尋ねられました。

私は「買うかどうか決めるために最低限の試着をすることはあるものの、極力しないようにしている。買わずに返すのが申し訳なくもあり、あまり試着は好きでない」と答えました。

するとその方は、自分はまるで逆だと言います。「試着は、買うか買わないかを決めることだけが目的ではない。試着すると、自分は新しいトレンドから刺激を受ける。デザイナーの想いからインスピレーションを感じることもある。マンネリ化した自分から脱却することもできる。試着には得るものがたくさんある。しかも無料。だから買わないような服でもたくさん試着する」そう教えてくれました。

自分には見えていなかったものが、急に目の前に広がりました。私と彼女は試着に対して、まったく違う考え方をもっていましたが、そこに正解、不正解はありません。自分とは違う視点によって、自分の前提に気づいたり、新しい可能性の探索が始まります。

今の話を踏まえて、「部下とのコミュニケーションの目的」を改めて考えてみると、どんな新しい可能性が見出せるだろうか?

そんな問いを二人の間に置き、自分の視点で球を投げ合う。そこから受けたインスピレーションを元に更にキャッチボールを繰り返す。そんなやりとりに発展しました。

私はたいしたことがない

ただ、思い返せば、この方とセッションが始まった当初、私はいつも緊張していました。前述の「パンツを脱ぐ」とおっしゃったクライアントに対しても、最初はビビっていました。お二人とも、頭の回転が速く、非常に優秀な方たちです。

相手に感じる緊張感。それは永井さんの言う「対話の怖さ」に通じるかもれません。また、こうした緊張感はクライアントの方だけに感じるものではありません。対話を前にしたとき、相手が上司であっても部下であっても感じます。

一方的に問いかけるのではなく、問いを間に置くということは、両者が等分に自分の前提をさらすことになります。自分をさらけ出してしまったら「その程度の人」「面白くない人」「会社の役に立たない人」「たいしたことのない人」、そう思われるのではないか。

一歩間違えば、これまで自分が人生をかけて積み上げてきたものが、一瞬にして破壊されてしまう。そういう怖さが間違いなくあります。

こわくて、うれしくて、気持ちいい

どうやってこの怖さを乗り越えて、創造的な対話にたどり着くことができるのでしょうか。

「パンツを脱ぐ」とおっしゃったクライアントとの間で、まさにそれが起こった体験があります。

「あなたがやりたいことは何か?」

その問いを間に置いて話しているときです。その方はしばらく黙り込み、最後に「何も出てきません」とおっしゃいました。

「内村さんを満足させるだろうことならいくらでも話せますけど、でもその問いに正面から向き合った時、自分の中から何も出てこないのです」

「考えが出てきては、『で、その先にやりたいことは何なのか、本当にやりたいことは何なのか』、どんどん服を脱ぐような感じで答えていくんですが、最後もうパンツを脱ぐしかない状態になって、そしてそこにたいしたことは何もないのです」

とても正直で率直な彼の言葉が、私から次の言葉を引き出しました。

「私も一緒に考えながら、思っていました。会社でやっている大半のことは、お客様や周りの人に、『たいしたやつだ』と思わせるためにやっているのではないのかと。自分の根っこの部分には、結局その程度のものしかないのかもしれないと」

そして、問いかけました。

「でもそれは本当でしょうか。もう一度、一緒に考えてみませんか?」

私たちは気づいたら一緒に「パンツを脱いで」いました。そこから気負うことなく、お互いのことを話し始めたとき、新しい関係、新しい自分、新しい未来を構築するための、創造的な対話の第一歩を踏み出せたような気がしました。

永井さんは哲学対話についてこうも言っています。

「わたしの硬直してしまった信念を誰かがあっけなく壊してしまう。こわくて、危なくて、うれしくて、気持ちがいい。」※

私たちは、対話を通じて異なる視点を交わらせ、自分や世界の姿を、更に高次元に向けて再構築することができるのだと考えます。

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【参考資料】
※ 永井玲衣著、『水中の哲学者たち』、晶文社、2021年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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