書籍紹介

Hello, Coaching! 編集部がピックアップした本の概要を、連載形式でご紹介します。


アメリカンドリームの終わり あるいは富と権力を集中させる10の原理
ノーム・チョムスキー

第1回 (原理1)民主主義を減らす

第1回 (原理1)民主主義を減らす
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※本稿は、ノーム・チョムスキー著『アメリカンドリームの終わり あるいは、富と権力を集中させる10の原理』の第1章から第5章までを抜粋編集したものです。

はじめに

「どんなに貧乏な身分に生まれたとしても、自らの努力によって裕福になることができる。」これこそがアメリカとそのアメリカンドリームを支える上において重要な信念でした。しかし、現在のアメリカではその信念は通用しなくなりました。いまや、社会的地位が向上する可能性は、ヨーロッパと比べてもぐっと低くなっています。にもかかわらず、アメリカンドリームという夢だけは、いまだに残っています。権力による宣伝・扇動がそのような夢を作り出しているからです。

今回の記事では、ノーム・チョムスキーが現在のアメリカを形作る10の原理について語った著書「アメリカンドリームの終わり」を紹介します。この原理はアメリカだけでなく、アメリカの影響下にあるすべての国、もちろん日本にも適用されうるものです。私たちが日々知らず知らず受けている影響に目を向ける機会を得る一冊となるでしょう。

原理1 民主主義を減らす
原理2 若者を教化・洗脳する
原理3 経済の仕組みをつくり変える
原理4 負担は民衆に負わせる
原理5 連帯と団結への攻撃

原理1 民主主義を減らす

アメリカには民主主義という公言された価値観があります。政府は民衆によって決定された政策を実行するわけです。それが民主主義です。ここで重要なことは、特権階級や権力層が決して民主主義を好んだことはない、ということです。それは、民主主義は民衆の手に権力を委ねるものだからです。だからこそ富裕層は民主主義を嫌います。それが富と権力を集中させる基本原理です。

富の集中は権力の集中をもたらします。富裕層は常に国の政策に対して、有り余るほどの支配力を行使してきたのです。すでにアダム・スミスは1776年に、そのことを著書で述べています。『国富論』がそれです。彼が述べているのは、イギリスにおける政策の基本的な立案者は、当時のイギリスで「社会を所有している人たち」だった、ということです。つまり「商人や製造業者たち」です。彼らにとって大切なのは、自分たちの所有する利益の保護を確実にすることであり、そのことがほかの人々に悲惨で悲しむべき結果をもたらしたとしても、関心はなかったのです。今日のアメリカでは「社会を所有している人たち」は、もはや商人や製造業者ではありません。その役割は金融界や多国籍企業にとって代わられました。

民主主義のバランス

民衆と特権階級の衝突の歴史はアメリカの建国までさかのぼるとことができます。第四代大統領ジェイムズ・マディソンは合衆国憲法の基本的枠組みを作った人です。かれは、その当時のほとんどの人と同じように民主主義の信奉者でした。にもかかわらず、かれは合衆国の制度は富裕層の手で設計されるべきだと考えていました。なぜなら富裕層こそ、一般人よりもはるかに責任感の強い人たちであると考えていたからです。実際、約一世紀前までは、上院議員は選挙ではなく、立法府によって選ばれ、任期は長く、かつ富裕層のなかから選ばれていました。かれらは一般人よりも責任感の強い人たちだと思われていたからです。そして民衆に近い存在である下院は、はるかに弱い役割しか与えられませんでした。

ところで、ここに大きな問題が出てきました。どの程度、民衆に真の民主主義を許すべきか、という問題です。憲法制定会議のなかでマディソンは、「社会のもっとも大きな関心事は、それがまともな社会であればなおさらだが、富裕層という少数者を大多数の民衆からいかに守るか」でなければならないと言っています。また彼は次のようにも述べています「イギリスですべての人に自由な選挙権を与えたとしよう。そうすると貧しい民衆たちは寄り集まって組織化し、富裕層の財産を奪ってしまうだろう。(中略)それは明らかに不正なことだ。そんなことは許すわけにはいかない。したがって、憲法制度は民主主義を阻止するためにこそ設定されねばならない。しばしば言われているように、民主主義は"多数による暴政"になるからだ。」これがマディソンの構想する憲法制度の構造であり、それは民主主義の危険を防ぐものとして設計されたものでした。

マディソンのためにひとこと付け加えると、彼は前資本主義者(プレ・キャピタリスト)であり、彼が念頭においている富裕層というのは、神話にあるローマの騎士のようなもので、知恵のある貴族階級、邪心のない人物でした。かれらはすべての者の福祉のために自らをささげる存在だ、というわけです。

その当時、もうひとつの民主主義像がありました。それは当時の民主主義論を先導する理論家であったジェファソン(第三代大統領)によって描かれています。かれは、究極的には民衆こそ集団的英知の源であり、だからこそ政策の決定ができ、賢明な行動ができるという考え方の民主政体論の支持者でした。つまり、マディソンとは正反対の考えだったのです。このような分裂と対立が一貫してアメリカ史の中を貫き現代に至っているのです。

対抗する二つの流れ

合衆国の歴史を眺めてみれば、それは二つの勢力の途切れることのない闘争であったことがわかるでしょう。一方は、民主化しようとする流れであり、主として一般民衆の下からの圧力として表れてきます。それは多くの勝利を勝ち取ってきました。現代の制度では、女性、奴隷に対するもの、また財産の有無による選挙権や投票権の制限はほとんどありません。次に人びとが手にしたのは、真剣に組合の組織化に取り組み、それに成功しはじめたことでした。事実、それは多くの勝利をもたらしました。

こうしてわたしたちは、いまだにたえざる闘争の渦中にいるのです。ある時は後退し、あるときは前進の繰り返しです。例えば1960年は民主化が巨大な前進を遂げた時期でした。それまで受け身的で無感動であった民衆の中で、さまざまな組織化が進み、みなが活動的になり、自分たちの要求を権力に強くつきつけるようになりはじめたのです。民衆はますます政策決定に関わり、活動的になりました。それはアメリカ社会にとって一種の文明開化の時代であり、だからこそ逆の勢力である支配層からは「苦難と動乱の時代である」と呼ばれるようになったのです。このようなアメリカの文明化はしかし、支配層に大きな恐怖を呼び起こすものでした。こういった事態に対する対処に慣れていた経済界は、懐柔の技術や巻き返しの技術で反撃をはじめます。その反撃の力は予想を超えるものでした。

(次回へ続く)

アメリカンドリームの終わり あるいは、富と権力を集中させる10の原理

著者: ノーム・チョムスキー
出版社: ディスカヴァー・トゥエンティワン


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