Hello, Coaching! 編集部がピックアップした本の概要を、連載形式でご紹介します。
目に見えない道具で「医師の働き方改革」は進化する
第2回 なぜ医療機関の組織改革にコーチングが有用なのか 下
2021年03月16日
2021年3月19日に、ディスカヴァーより『コーチングで病院が変わった』が刊行されました。著者は、コーチ・エィでコーチングを学ばれたBasical Health産業医事務所の佐藤文彦氏。佐藤氏は、大学の分院での診療科長時代に、このコーチングスキルを活用し医局員全員の残業をゼロにする改革を進めてこられたました。糖尿病専門医として複数の保険組合と健康増進事業を進めていったり、嘱託産業医として数多くの企業の業務改善にも取り組んでおられます。2024年4月までに全国の医療機関が「医師の働き方改革」を実現させなければいけない状況の中、佐藤氏はコーチングがそのための有益な「道具」になり得ると考え、この本を執筆されました。本書には、佐藤氏からコーチ・エィの鈴木へのインタビューも収録されているほか、組織としてコーチングを導入された病院の事例も多数紹介されています。
今回、Hello, Coaching! では、鈴木へのインタビューを軸に、病院へのコーチング導入事例を抜粋してご紹介します。
第1回 | なぜ医療機関の組織改革にコーチングが有用なのか 上 |
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第2回 | なぜ医療機関の組織改革にコーチングが有用なのか 下 |
第3回 | 赤字続きの公的病院が一転 ~ 組織改革の全貌(新小山市民病院) 上 |
第4回 | 赤字続きの公的病院が一転 ~ 組織改革の全貌(新小山市民病院) 下 |
第5回 | プロ同士のコミュニケーションを円滑にするためのコミュニケーション(九州がんセンター)上 |
第6回 | プロ同士のコミュニケーションを円滑にするためのコミュニケーション(九州がんセンター)下 |
「医師の働き方改革」にコーチングが果たす役割とは
株式会社コーチ・エィ 鈴木義幸インタビュー
(聞き手:Basical Health産業医事務所 代表 佐藤文彦氏)
佐藤氏 全国の医療機関では、2024年4月までに「医師の働き方改革」を実現させていかなければならない状況となっています。働き方改革を推進する中で、コーチングが果たす役割についてどのようにお考えですか?
鈴木 働き方改革を推進する中で、労働時間を抑えつつも、どのようにしてこれまで通りの業績を維持していくのか、頭を抱えていらっしゃる経営層の方は多いのではないでしょうか。
そう考えると、働き方改革の本質は「いかに組織全体の生産性を上げていくか」に尽きると思います。スタッフの労働時間を抑えつつ、生産性を高めるために今求められているのは、「一人ひとりがいかに主体的・自発的に動ける組織をつくれるか」にかかっているのではないでしょうか。
人間である以上、「誰かにやらされている」という感覚があるとどうしても生産性は下がります。逆に、主体的・自発的に取り組む人が多い組織においては、ストレスも低く、生産性も高い。そうした雰囲気を醸成していくために役立つのが、コーチングだと考えています。
医療機関におけるコーチング活用はまだまだ一般的ではない状況のようですが、タスクシフトを推進することにおいて、各職種の業務範囲を再定義したり、職員のモチベーションを高めて離職率を下げたりする過程では、コーチングのベースとなっているコミュニケーションスキルがかなり役に立つのではないかと期待しています。
コミュニケーションという側面から組織変革に取り組んだ経験がないという医療機関も多いかもしれませんが、考え方によってはそういう医療機関ほど伸びしろが大きく、効果が現れやすいとも感じます。
佐藤氏 コーチングが、離職率の低下やタスクシフトの推進に役立つというのは、今回実施したアンケートやインタビューの中でも数多く聞かれました。さらに、「コーチングを導入して以降、医療事故の件数が減っている」という声も寄せられました。
鈴木 コーチングを通じてコミュニケーションが活性化した結果、以前であれば「言うべきか否か」と迷っていたようなことや、上司に怒られることを危惧して胸にしまっていたことでも気軽に相談ができるようになり、業務のミスや事故が減ったという声は、確かにしばしば聞かれます。何を言ってもリスクが少ない状態を「心理的安全性が担保されている状態」といいますが、スタッフとのこうした関係性は一朝一夕にはつくれません。
定期的な面談はもちろん、日頃から挨拶をしたり、ちょっとしたことにお礼を言ったり、血の通ったコミュニケーションを重ねていかなければ、「何を話しても大丈夫」だと思える人間関係は構築できていかないからです。こうした人間関係は極めて大切です。スタッフが同僚とのコミュニケーションに躊躇してしまう状態にあるために、組織の生産性が大きく下がってしまうということは、一般企業においては、以前から様々な研究で明らかになっています。
佐藤氏 実際にコーチングなどの手法に興味を持ったとしても、医療機関には「具体的に何をしたらよいのか分からない」という経営層の方もいらっしゃると思うのですが、普段はどのようにしてサポートされているのでしょうか。
まずは病院長の先生ご自身にコーチングを受けていただくというのも一つの選択肢だと考えています。その過程で、そもそも自院が存在する目的が何で、どのような目標を持てばいいのか、そのために組織をどのように変えていかなければならないのかを、プロのコーチと一緒に考えるのです。こういったコーチングを通じた対話を繰り返すことで、病院長の先生ご自身も納得して次の行動をとることができますし、「院長として周囲とどう関わるべきか」が定まっていきます。
経営層に就任される方の中には、「経営層としての引き継ぎ期間」がほとんど設けられないままに組織のトップに就任してしまうケースが珍しくありません。こうした傾向は、一般企業においても同じなのですが、医療機関の場合は特に「人の命を救う」という目的がかなり明確な分、「地域において、なぜ自院が存在すべきなのか」といった経営理念について前任者と腹を割って話すことがなかったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私も時折、病院経営の先生とお会いする機会があるのですが、実際にお話を伺うと、院長としての振る舞いも、前任の院長先生をまねたり、あるいは反面教師として参考にしたりして、ある種自己流でこなしていらっしゃる先生も珍しくありません。コロナ禍のように、トップがスタッフたちに明確なメッセージを示していかなければならない状況では、まず院長先生ご自身が、経営理念の奥底にある哲学についてよく考え、その実現のために必要な施策や、組織構造を考えていくことが求められていると感じます。
佐藤氏 確かに、コロナ禍が訪れたことによって、自院の果たすべき役割を強く考えるようになった医療機関は多いのではないかと思います。自院は、「コロナ患者を受け入れるべきか」それとも「コロナ患者はほかの医療機関に任せ、他の領域に力を入れるべきか」│そんなふうに頭を抱えている経営層の先生方も少なくないと感じます。
鈴木 やはり今回のように、誰も経験したことがないような不測の事態が起こったときには、自身の役割や病院としての責任をどのように定義するかが、とても大事になってきます。お一人でこれらのことを考えていてもなかなか答えが見出しづらい問題だとも思いますから、院内の先生方や、キーパーソンとなるようなスタッフの方々と話し合いながら、経営層と現場の意識を合わせていくことも重要かと感じます。その上で、「みんなでこういう役割を果たしていこう」というビジョンを作り上げていくことが、第一歩なのではないでしょうか。
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