『 投手コーチの教え 』吉井理人氏 講演録

2017年1月23日に株式会社コーチ・エィにおいて行われた、北海道日本ハムファイターズの吉井理人ピッチングコーチによる講演会の記録です。


第3回 仰木・野村監督、名指導者たちから学んだこと

第3回 仰木・野村監督、名指導者たちから学んだこと

2017年1月23日に、講師として北海道日本ハムファイターズの吉井理人ピッチングコーチを招き、株式会社コーチ・エィにて、社員向けの勉強会が開かれました。

講演では、吉井コーチがどのような経緯でコーチになり、どのような考えで現在コーチングに取り組んでいるかについてお話しいただきました。吉井コーチの講演録を6回にわたって、お届けします。


第3回 仰木・野村監督、名指導者たちから学んだこと

次に、指導者のサポートという意味で、私自身が、指導者にどのような影響を受けたかを、少し紹介したいと思います。

尾藤 公さん(びとう ただし、1942年10月23日 - 2011年3月6日)

箕島高校時代の尾藤監督は、いつもニコニコしていて、選手にのびのびと野球をやらせるということで有名な監督でしたが、一般常識(ふだんの振る舞い等)にはとても厳しい監督でした。電車の中で騒いだり、他の学校の生徒とケンカをしたりすると、次の日にひどく怒られました。一方で、野球については「俺はピッチャーのことはわからないから、自分たちで考えてやれ」というような感じでした。本当はわかっていたのだと思いますが、選手の主体性、自主性をもたせるために、そう言っていたのだと思います。「自分で考えてやる」ということを教えてくれたのが、尾藤監督でした。

仰木 彬さん(おおぎ あきら、1935年4月29日 - 2005年12月15日)

仰木監督は、近鉄バッファローズ時代の監督です。仰木監督は、選手とよく会話をする人でした。トレーニング中とか、ちょっとしたタイミングでかけてくれる一言が、「期待されている」と思わせるような一言で、選手はモチベーションが上がり、実際に活躍することがよくありました。選手の心をつかむのがうまい。自由奔放なところのある監督でしたが、越えてはいけない枠というものもしっかりもっていらして、選手がそれを越えると二度と使ってくれないといった厳しさもある監督でした。

野村 克也さん(のむら かつや、1935年6月29日 - )

野村監督には、東京ヤクルトスワローズ時代にお世話になりました。野村監督も、選手をやる気にさせるのがすごくうまい監督でした。たとえば、先発で投げていて、終盤に打たれて負けたとします。でも次の試合でも、また同じような場面で使ってくれるし、ピンチがきても替えないのです。普通なら、一度失敗したら、替えますよね。でも、野村監督は、一度失敗しても、また使ってくれるんです。起用方法で選手のやる気を引き出すのがうまい。ある意味、情に厚い監督です。野村監督というと、ID野球、データ野球というイメージがあるかもしれません。もちろんデータは大事にするのですが、データ通りにやれということではなく、たとえば、マウンドでパニックになったときに自分を取り戻す材料としてデータを使いなさい、準備として頭に入れておきなさい、という考え方でした。

ボビー・バレンタインさん(1950年5月13日 - )

メジャーリーグでも、日本でも監督を務めた方です。僕は、ニューヨーク・メッツと日本に帰国してからの千葉ロッテマリーンズの両チームでお世話になりました。バレンタイン監督は、選手がプレイしやすい環境をいつも整えてくれる監督でした。ニューヨーク・メッツでのデビュー戦のときにかけてくれた一言が、とても印象に残っています。デビュー戦といえば、僕にとって記念になる試合です。普通の監督だったら「気合いを入れて投げろよ」というような声をかけるのではないかと思うのですが、ボブはその日の朝、わざわざ僕のところに来てくれて「今日はお前にとって特別な日だから、俺は何にも言わない。どんな結果になってもいいから好きにやれ」と言ってくれたんです。最後に「Have fun!」と言ってくれて、「なんていいところに来たんだろう!」と思って、モチベーションが上がりました。

権藤 博さん(ごんどう ひろし、1938年12月2日 - )

権藤監督には、主体性という点で影響を受けました。権藤監督は、僕が駆け出しの頃のコーチです。当時、僕は駆け出しですから、「相手に打たれるんじゃないか」、「打たれたら2軍に行かされるんじゃないか」という不安を常にもっていました。そんなとき、権藤さんは「君たちはプロだから、格好よくやろう!」と、それしか言わないんです。下手くそであっても、僕たちをプロと認めてくれる。「俺は何も言わないから、自分たちでちゃんとやりなさい」という、そういう指導スタイルでした。マウンドに行くときも、「いいんだよ、どんどん行けや! あとは俺が責任とるから」。逃げて帰ってくると「行けって言っただろ、バカタレ!」って怒られるんです。ちょっと口は悪いですが、僕たちを信用してマウンドに送ってくれる。「大将」という感じのピッチングコーチでした。

ボブ・アポダカさん(1950年1月31日-)

主体性という点で影響を受けたもう一人のコーチが、メッツで指導を受けたボブ・アポダカコーチです。メッツに入団して初めてのキャンプで、何回かピッチングしても、何も言ってくれない。あるときひょこひょこっと近づいてきたので「やっとアドバイスをくれるのかな」と思ったら、こう言うんです。

「お前のことをお前以上に知ってるやつはこのチームにはいない。だから俺と話し合ってくれ。それでどうするか、お互いに話し合いながら決めていこう」

日本では、投げていてどこかが悪いと「お前、ちょっと肘が下がってるぞ。もっと上げろ」といった指導がほとんどです。ところがメッツに行ったら「話し合いながら決めていこう」と言われたのです。野球を始めて以来、そんなことを言われたことがなかったので、本当にびっくりしました。ボブの指導は、選手が何をやりたいかを初めに聞き、それにそってアドバイスを出すというやり方で、それはすごく新鮮でした。当時、日記を書いていたのですが、読み返してみたところ「どうやらこの国では気持ちよく野球ができそうだ」なんて書いていました。

指導者から学んだことはたくさんありますが、それを活かすも殺すもやっぱり自分(選手)次第だと思います。コーチに言われることをそのままやっても、仕方がない。自主性というのは、そういう意味で大事だと思います。

日記をつけて振り返る

いま、日記の話をしましたが、自分を客観的に見つめ直して反省する、というのは、スポーツの世界ではすごくいいことだと言われています。というのも、自分の動作を文字や言葉で表せないということは、自分の身になっていないということだからです。なので、振返りとして日記を書くのは、役に立ちます。コーチから言われたことに漠然と取り組むだけでは、自分の能力を発揮することはできません。自分自身で考えてやっていくということが、主体性につながるのではないのかと思います。

コツはどうやってつかむのか

スポーツをしている人でないとわからないかもしれませんが、コツをつかまないと、安定した成績を出すことはできません。コツというのは、漠然と練習していてだんだん身につくのかというと、そうではありません。僕は2軍に3年間いましたが、2軍ではノーコンでメチャメチャで、「高校のときは、こんなはずじゃなかったのになあ。なんでやろう」と思っていました。僕の欠点は、いい球を投げようと思うと体がつっこんでしまうことです。体がつっこむと、ストライクが入らなくなってしまうんですね。コーチから「体がつっこんでるぞ」と言われるんですが、直し方もわからないし、どうしたらつっこまないようになるのかもわからない。でも、自分で考えながら、試行錯誤していろんな練習をやっていたら、あるときコツがつかめたんです。「お尻の穴をキャッチャーに向ける」というイメージで投げたら、すごくハマって、「ああ、これや!」と思いました。コツをつかむ瞬間は突然やってくるんですが、そのためには、やはり練習を工夫するなど、試行錯誤が必要なのではないかと思います。そういうものがないと、コツはつかめない。結局は、頭でも、体でも、しっかり汗をかかないとうまくならないのだと思います。


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