Hello, Coaching! 編集部がピックアップした本の概要を、連載形式でご紹介します。
第5回 迷信その5:明確なゴールまたは将来像を必ず設定すべきだ
2023年08月27日
2023年6月23日に、世界トップコーチ30の一人にして、組織心理学博士でもあるマーシャ・レイノルズ博士の『Coach the Person, Not the Problem』の日本語版、『変革的コーチングー 5つの基本手法と3つの脳内習慣』がディスカヴァー・トゥエンティワンより刊行され、その監修をコーチ・エィのファウンダーである伊藤守が務めました。
著者のレイノルズ博士が懸念するのは、コーチングを学び実践する人々が抱きがちな"誤解"。それらを解き、コーチングの真価を伝えるべく、より高い効果をもたらす〈内省的探求〉のコーチングを行うための5つの基本手法と3つの脳内習慣を解説したのが本書です。
第1回 | 迷信その1:コーチングに熟練するには長い時間がかかる |
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第2回 | 迷信その2:質問なくしてブレークスルーや気づきは生まれない |
第3回 | 迷信その3:コーチは「閉じた質問」ではなく「開かれた質問」をすべきだ |
第4回 | 迷信その4:内省を促す言葉は、挑発的だ |
第5回 | 迷信その5:明確なゴールまたは将来像を必ず設定すべきだ |
世の中にはコーチングに対する根拠のない批判や決めつけ、思い込みが広まっている
コーチングの価値を損なう迷信は、少なくとも5つあります。それらは正しいときもありますが、原理原則のように扱うとコーチングの効果をかえって薄めます。
それぞれの迷信について説明しながら、代わりにどう考えればクライアントと良い関係を築けるかを述べたいと思います。
第5回 迷信その5:明確なゴールまたは将来像を必ず設定すべきだ
迷信の出どころ
ゴールや目標をどうやって設定するか教えないコーチングの訓練を私は聞いたことがありません。ケース・ウエスタン・リザーブ大学ウェザーヘッド経営大学院のコーチング研究所は、コーチングの中で前向きな将来像を設けることの効果について説明しています(※)。
解決すべき問題ばかりに集中するのではなく、いつも目的を心に留めていれば、そのために何ができるかという意識を持ち続けてコーチングを進められます。目標とする将来像に集中していれば、会話は意味を持ち、活気づいて、クライアントの強みが生かされて方向性もおのずと決まります。
迷信の中の真実
コーチングで、難しいながら最も大事な点の一つは、満足できる解決に向けて会話を着実に進めることです。セッションの途中でコーチングの方向性が何回変わってもいいのですが、前へ向かって進んでいると少しでも実感できるように、最終的にどこにたどり着きたいのかは常に明確にしておく必要があります。
ゴールがぼんやりしたままだと、会話は堂々めぐりになります。クライアントは次にとるべき行動を口にするかもしれませんが、恐らく実行しないでしょう。悩みごとを話して満足しているだけでは、何も解決しないのです。
迷信による勘違い、迷信がつくる障害
しかし、いつも次のように考えるのはやめてください。「クライアントはコーチングの開始時点で、目指したい将来像をはっきり描いていなければいけない」
最初の段階で、クライアントが何を得たいのかがはっきりしていない場合はよくあります。決断に際しての悩みや、先行きの不明瞭さについて語るくらいしかできないことは珍しくありません。
あるグループセッションで、コーチがクライアントの女性に対し、はっきりとした前向きな将来図を描いてみせてほしいと促しました。彼女は、まだそれはできていない、その時点でどんな選択肢があるか話し合ってから目指す方向を決めたい、と言いました。しかしコーチは、どんな将来だったら理想的かと何度もしつこく問いかけました。すると彼女はきっぱりと回答を拒否しました。コーチは、立ち上がって歩いてみたら将来について何か見えてくるのではないかと言いました。彼女は口元をぎゅっと結び、泣き出しました。傷がこれ以上深くなる前に、私はセッションを打ち切りました。
そのコーチは、コーチングの始めに、明瞭で前向きな将来像を描くよう訓練を受けていました。そのためにコーチングの進め方が定型的になり、クライアントの求めに応じることができなかったのです。クライアントは将来像を描く能力に欠けていたのではなく、単にそのとき描けなかっただけなのです。
代わりの考え方
コーチングの会話は、行き先が明確でないといけません。しかし、コーチングが進むにつれて行き先そのものが変わっていくのはままあることです。
セッションの始まりでクライアントは、今の行き詰まりや不安をはっきりさせたい、くらいしか話せないかもしれません。しかしセッションが進むうちに、思考をまひさせている恐怖や欲求、葛藤が浮かび上がってきて、そこから新たな目標が見えてくるかもしれません。その目標は恐らく、「リスクを取って決断できるようにもっと自信をつけたい」といった、より個人的な内容になるでしょう。それに向けてコーチングは方向を変えます。
こうした変更はセッションの中で何回も起こり得ます。クライアントが思考や感情により深く入り込んで整理していくと、本当に望んでいるもの、障害になっているものの正体がわかってくるからです。
また、セッションの場で必ずしも前進が確認できなくても結構です。大事なのは、クライアントが前に進みたいと思ったときにセッションを設けることです。そこで得た新たな情報をクライアントが処理するには、時間が必要です。コーチはクライアントに対し、コーチングで話したことについて整理する時間をいつどのように確保するかを確認しましょう。クライアントがその時間を確保できれば、次のセッションまでに何らかの決断をするかもしれないし、重要な一歩を踏み出すかもしれません。
最良の学習はときに、次のセッションまでのあいだに起きるのです。
※ Richard Boyatzis, Melvin Smith, and Ellen Van Oosten, Helping People Change: Coaching with Compassion for Lifelong Learning and Growth (Boston: Harvard Business Review Press, 2019). 変革的コーチング 5つの基本手法と3つの脳内習慣
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