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AIコーチの可能性

2019年09月04日

ある、テキストチャットのやりとりです。
Aさん:今週の目標を教えてください
Bさん:英語のSkypeレッスンを毎日受講する
Aさん:目標を達成しないと何が起きますか?
Bさん:英語力があがらないと、海外の情報をインプットできなくなる
Aさん:どうして情報が気になるんですか?
Bさん:ええっと。先進的な情報を手に入れることが重要だと思ってるから
なんでもないようなこの会話。
実は、片方は人間、もう片方はコンピュータがメッセージを送っています。
みなさんには、人間とロボット、どちらがどちらを書いたか分かりますか?
人間の能力開発に用いられ始めたチャットボット
人間とメッセージのやりとりができるコンピュータプログラムを「チャットボット」といい、今や人間の能力開発にも用いられ始めています。
人事コンサルティング会社マーサーの調査によると、HR関連のAI投資第1位は、「チャットボットによる従業員セルフサービス向上 41%」でした。(※1)
今年のATD人材開発国際会議では、バイエル社がチャットボットを社員の学習に活用した事例も報告されています。
コーチ・エィでも、チャットボットをコーチングに活用する可能性を探り、LINEを使ったコーチングbot "Rabby(ラビィ)"を開発しました。
冒頭で紹介した会話は、 Rabbyと開発者のやりとりです。「Aさん」が Rabby、つまりチャットボットで「Bさん」が「人」です。
2019年6月のリリース後、9月2日までに1468人の方がRabbyとLINEで友だちになっています。
実際にRabbyの利用者からはこんな声が寄せられています。
- 人には頼みづらいが、AIコーチングであれば気軽にコーチングを始められる
- 自分の考えを簡易的に整理出来る
- 質問がやや的外れ。共感や承認されている感がないので、話しにくい
- コーチングに慣れている人には一人で考えるよりも、ずーっと役立つ
チャットボットと会話した人たちは、色々な感想を持たれるようです。
では、果たしてチャットボットとの会話は事務的な内容ならいざ知らず、コーチングのような人間的な会話を求められるケースでは、どこまで効果があるのでしょうか。
チャットボットをコーチにする利点とは?
セラピーの分野では、アメリカでセラピーを行うチャットボットが登場しています。米スタンフォード大学の心理学者とエンジニアチームが開発した「Woebot」(悩めるロボット)というサービスです。
Woebotを使った学生の自己申告では、落ち込んだり不安を抱えたりといった症状が大幅に軽減されたそうです。(※2)
また、カリフォルニア大学クリエイティブテクノロジー研究所が開発したバーチャルセラピストを使った実験結果があります。
239人が2つのグループに分かれてバーチャルセラピストと会話をしました。片方のグループは会話の相手は「完全に自動化されたロボット」だと伝えられ、もう一方のグループは「人間が操作している機械」だと伝えられました。
結果、相手がロボットだと伝えられたグループは、より心を開き、最も深刻で個人的な秘密を打ち明ける傾向にあったそうです。
確かに、チャットボットには人間相手にはない利点があるでしょう。
人間を相手に話をする場合、相手にどう見られるか、どんな評価をされるのかはどうしても気にかかるものです。しかし、相手がコンピュータであれば、気にする必要がありません。
私は、総合的には、チャットボットとのコミュニケーションが人のコミュニケーションより優れているとは思いません。
ただ、「人とのコミュニケーション」と「チャットボットとのコミュニケーション」には、それぞれ異なる特徴があり、この先、人はそれぞれを使い分けていくことになるのではないか、と思います。
では、コーチングにおいて、人とチャットボットの使い分けにはどんな可能性があるのか考えてみましょう。
コーチングで、人とチャットボットを使い分ける方法とは?
まず、それぞれの特徴を整理すると次のようになります。
会話相手 | 人間 | チャットボット |
---|---|---|
特徴 |
|
|
コーチがすることは、相手の話を聞き、視点を変える質問やフィードバックをする、といったものです。
現時点の技術ではチャットボットに人間並みの発言はできません。ですから、こうした役割は、人間のコーチが引き続き担当する領域となりそうです。
一方で、チャットボットをコーチにする利点があります。
それは心理的な「気軽さ」です。
アンケート結果にも「気軽に」メッセージのやりとりをできるという声が複数ありました。私たちは、人と話す時に、いくつか気にしていることがあります。
たとえば、
「毎日フォローして欲しいことがあるけれど、相手の時間を奪うのは忍びない」
「こんな些細なことを人に相談して笑われないだろうか」
といったものです。
しかし、相手がチャットボットであれば、気にする必要がありません。
ですから、
「人間とのコーチングで決めた『毎日の行動』について、毎日定時にチャットボットにフォローしてもらう」
「行動をした直後にチャットボットに話しかけ、振り返る」
という利用の仕方があるのではないでしょうか。
実際、Rabbyの利用時刻データからも、毎日の決まった使い方が推測できます。利用者のRabbyとのやりとりが一番多い時間帯は朝7~9時、次に多いのは夕方5時~7時です。
これは、通勤と帰宅の時間帯にRabbyを利用している人が多いのではないかと分析しています。通勤時に一日の目標を話し、帰宅時に振り返る。そんな使い方をされているのでしょう。
人を相手に毎日話すとなると相手を探すのが大変ですが、チャットボットなら嫌な顔をせず、毎日いつでも、時間を問わず相手になってくれます。
チャットボットに代替されない領域とは?
時代と共に、チャットボットの性能が上がることで、人の領域が代替されていくものもあるでしょう。
しかし、最後まで代替されず「生身の人」との会話として残る領域があると私は思います。
たとえば「相手の反応や評価が気になる」という事象や気軽さという点ではチャットボットにメリットがあります。
一方、人間との会話には「煩わしさ」があると言えます。
「相手からどう思われるのか」に心を悩ませることが煩わしさを生む訳ですが、それを乗り越え、少しリスクをとって思いを伝える、そして、相手から反応がある。
そこには、お互いに恐れや喜びといった感情の動きが伴います。
相互に影響し、変化をしていくような対話は、こうした「煩わしさ」を乗り越えた人と人のコミュニケーションからこそ、生み出されるのではないでしょうか。
チャットボットの発展は、人と人の関わりにおいて「本当に大事にすることは何なのか」を知る手掛かりになるのではないかと思います。
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特設サイト
コーチ・エィ ラボ
【参考資料】
※1
Mercer (2018) Global Performance Management Survey
ATD Highlights
A Chat Bot Case Study: The Future of Learning Transfer and Evaluation
※2
WIRED チャットボットが「セラピスト」になる時代がやってくる
MEGAN MOLTENI
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